2-3



 ゲストルームに案内され、軽食を摂っているとウィリアムがぽつりと切り出した。


「あのさ、マイケル・クロウリーとレイ・ベイカーって名前に聞き覚えはないか?」


 レナードとウェントワースが顔を見合わせた。


「いや」

「ウィリアムの知り合いなのか?」


 答える二人を交互に見つめてから、ウィリアムは一言「そうか」と言い残してそれきり口を噤んでしまった。





 静かな村が熱狂の渦にのまれようとしていた。日は落ち、隣にいる者の姿も判別できないほどの闇の中、紳士淑女は手術台に乗せられた神秘の遺物に熱視線を集めていた。

 いよいよミイラの包帯が解かれ、その全貌が顕わになると、人々は恐怖と興奮が入り混じるような声を上げた。未知のものを見るような、謎が解き明かされていく快感か、一挙一動を固唾を呑んで見守る者もいた。外科手術をするように手際よく解体をする様に人々は喝采を送り続けていた。

 その様子を三人は遠く人々の輪から外れた場所で見つめていた。レナードは欠伸を交えながらショーを眺め、ウィリアムは群衆の顔ぶれを確認するように時折忙しなく視線を動かしていた。





 予定より随分遅くに解散になると、その日はペティグリュー邸に泊まることになった。

 時刻は午前0時を迎えようとしている。疲れもあったので、早目に就寝しようとするがウィリアムが一向に部屋に戻ってこない。


「探しに行こう」


 ウェントワースが提案すると、レナードはとくに反対することもなく付いてきた。

 ウィリアムは屋敷の中には居らず、村の入口に立っていた。暗闇の中明かりも点けずにぼんやりとしていて、その様は空虚な抜け殻のようだった。ウェントワースが心配そうに尋ねた。


「どこか身体の調子が悪いのか?」


「……悪い?」


 ウィリアムが引き攣ったように笑いだした。


「――悪いことが起きるのはこれからだよ」


 突然、遠くの方からがらんごろんと鐘の音が聴こえてきた。その音が不気味に途絶えた瞬間、落雷を受けたか如く凄まじい衝撃が三人の身体を突き抜けた。


「………っ!!」


 その衝撃は身体的な衝撃ではなかった。だが、青年達はすぐには動くことができなかった。

 ――何故なら世界が、夜から朝に変わっていたからだ。暗闇から突然明るくなった事実に脳が置いていかれる。


「これは、一体……?」


 怯えた声を出すウェントワースの隣で、ウィリアムが両手を空に向けて歓喜に震えていた。


「ああ良かった……もう、来られないかと思った……!」


 神に感謝を示したかと思うと、ウィリアムはひとりでに走り出してしまった。

 ウェントワースは状況が呑み込めず、ただただ呆気に取られる。幾分か間が空いた後、沈黙を破るようにレナードが呟いた。


「ウィリアムを追いかけよう」


「あ、ああ」


 まだ目が慣れず、瞬きを繰り返すウェントワースの前をレナードが歩く。

 そこは、村のようだった。だが元いたカージー村とは打って変わって美しい景観は無く、通り過ぎていく家々はボロボロでとても人が住んでいるとは思えなかった。

 こめかみに汗が流れてウェントワースはオーバーコートを脱ぎ去った。

 先程まで季節は秋だったはずなのに、初夏を感じさせる暑さだ。それは、辺りの自然を見ても一目瞭然だった。青々とした木々が、天高く葉を伸ばしていたからである。

 風は無く、生き物の気配もない集落を二人は真っ直ぐ歩いていく。

 しばらくすると、ウィリアムが一軒の建物の側で立ち止まっている所を発見した。建物には看板があり、どうやら肉屋のようだった。

 木材で縁取られた汚れた窓から中を覗き込む。中には誰もおらず、代わりに皮の剥がれた牛がまるごと3頭吊るされていた。それは所々緑色に変色していて、かびていた。臭いがここまで届かないことが不思議だった。他の家を覗き見てもやはり誰も居らず、それどころか家具と呼べるものがひとつも無かった。ゴーストヴィレッジ、という単語が頭に思い浮かんだ。ウェントワースはとにかくこの異質な空間から抜け出したくなって、二人に声をかけた。


「帰ろう、今すぐに!」


「それは出来ないよ。ウェントワース」


 ウィリアムの目に焦りが見え始めていた。青く染まった唇から震えた声が出る。


「だって、まだ見つけていない」


「何を」


 レナードが問うと、ウィリアムがふと通りの方を見た。粗野な家が建ち並ぶ目抜き通り。そこにひとつの影があった。

 初めは、渇望していた村人に会えたと思い喜んだ。しかし、その手に持っている凶器を見た瞬間その考えは一蹴された。

 レナードが固まっている二人の肩を叩いた。


「逃げろ――早く!!」


 その声を皮切りに青年達は全てを放り出すようにして一斉に走り出した。

 その人影は、男のようだった。中肉中背で頭には嘴のある不気味なマスクを被り、汚れた前掛けには血のようなものがこびり付いていて、右手には足の長さ程もある巨大な斧が握られていた。男は得物をがりがりと地面に引き摺りながら狂ったように追ってくる。

 村の出口までは一本道で隠れる場所などなかった。

 対話が通じるとも思えず、走るしかない。

 途中、後ろからついてきていた人の気配が無くなった。ウェントワースは嫌な予感がして振り返った。視線を巡らせると、数十歩離れた先に蹲っているレナードの姿があった。


「レナード!!」


 足の怪我が痛むのだ、と気づいた頃には遅い。今にも男の振りかぶった斧がレナードの眼前に迫っていた。

 寸でのところで追いつき、ウェントワースはレナードの裾を引っ掴んで村の外へと投げ飛ばした。


「ウェン――」


 驚いて手を伸ばすレナードは、庇うように向けられた背中にあと一歩で届かなかった。

 外へと繋がる境界を踏むと、再び鐘が鳴り出した。視界が歪んで、元の暗闇へと帰ってきた。肩で息をするレナードは素早く視線を走らせて人数を確認した。そうして、気付く。


 あの不気味な村にひとり残してきてしまったことを。




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