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 約束の日曜日の朝。

 了承する前に確認を取るべきだったと後悔してももう遅い。

 揺れる馬車の中、何度も外を見ては溜息をつくウェントワースの心情を察してか、レナードが意地悪く問いかけた。


「さては怖いのか?」


「いや、別に」


 思わず速攻で否定するが、気持ちは晴れない。

 得体の知れないパーティに参加しなければならないという恐怖と、何とも言い難い不安のようなものがあった。

 そもそもレナードは松葉杖無しで歩けるようになったとはいえ治ってから日が浅く、未だ万全な状態とは言えなかった。

 そういう点も含めてついて行くことを承諾したのだが、本人はどこ吹く風だ。

 窓の外を眺めるレナードは楽しそうだった。

 寄宿制のため外出することがあまりなく、怪我をしていたレナードにとってはストレス発散になっているのかもしれない。

 それに比べて隣に座るウィリアムはひどく落ち着きが無い様子だった。そわそわと体をゆすり、癖なのか親指の爪を噛んでしまっている。話しかけても上の空で、あまり会話が続かない。普段の彼に明朗快活といったイメージがあったため、これには違和感を覚えずにいられなかった。

 そうこうしている内に目的地に辿り着いたようだった。馬車を降りると、歴史ある村の様子が目に飛び込んできた。遠くに見える尖塔は教会だろうか。統一された家々の赤い屋根と十月の秋の紅葉が随所に見られ、絵画のような美しさだった。メインストリートが始まる道には小川が横切っていて、橋を渡ると鳥のさえずりが聴こえてきた。景色を楽しみながら村の外れまで足を伸ばすと、先導するウィリアムが声を上げた。


「ここだよ」


 ウィリアムを避けるように首を傾けると、そこには一軒の古い屋敷があった。その様相は村の家々とは大きくかけ離れていた。大きな四角い建物は、調和を重んじたデザインをしているが、暗く冷たい印象を受けた。閉め切られた窓に映る周囲の森が時々怪物を思わせるように蠢き、ウェントワースをますます暗澹とさせた。

 ウィリアムが屋敷の呼び鈴を鳴らすと、中から畏まった執事が出てきた。執事に連れられて応接間に入ると、三十代くらいの痩身の男がパイプ煙草を吹かしながらソファーに座り込んでいた。いかにも上等なスーツを着込んだ身なりのいい男性はこちらに気づくと驚くほど機敏な動きで立ち上がった。


「お待ちしておりました。初めまして、私は古美術商のトーマス・ペティグリューと申します」


「初めまして、レナード・リーヴスです」


「ウェントワース・ハード=ウッドです」


 二人と握手を交わすと、ペティグリュー氏はウィリアムの方に身体を向けた。


「ラング君は先日もパーティにお越し頂きましたね」


「はい。……是非また拝見したいと存じまして」


 言葉とは裏腹にウィリアムの表情は硬かった。それを知ってか知らずかペティグリュー氏は柔和な笑顔をつくると両手を擦り合わせた。


「実はパーティは夜からで、まだ参加者の皆様にお集まりいただけていないのです。時間まで私のコレクションをご覧になりますか」


 特に断る理由もなかったので、三人はペティグリュー氏に連れられて地下にある宝物庫の中に入った。分厚い扉に守られ温度と湿度が管理された室内は、さながら博物館のようだった。古代エジプトの遺物や名画、骨董品などあらゆる美術品が折り重なるようにして敷き詰められていた。説明を受けながら辺りに目を配らせていると、前を歩くレナードが急に立ち止まった。


「どうした?」


 声をかけるとレナードが一つの木棺を指差した。


「頭が無いな」


 レナードの指の先を追うと、そこにあったのは頭の無いミイラだった。

 金の木棺に納められていて、ミイラの包帯は剝がされている。皮と骨だけになった胴体と手足があるのは分かるが首から上は切断されたように無くなっていた。


「欠損のあるミイラは珍しいですね」


 ペティグリュー氏が続ける。


「保存状態が悪かったり、ミイラの作られた地域や年代、死因にもよりますが。古代エジプト人は死後に魂が戻ると信じていましたから、包帯でしっかりと固定して身体に欠損が出ないようにしていました。とくに目や口、耳など尖っていて折れやすい場所は何重にも覆うので、包帯の長さは300~400mと長大になります」


「……そのミイラをあなたは開けようとしている」


 レナードの刺すような視線を受け止めながらペティグリュー氏は困ったように笑った。


「もちろん細心の注意は払いますよ。私は外科医でもありますのでミイラ研究は医学の発展、化学分析にも繋がるのです。そのミイラも開封によって、生前右足の甲が骨折していたことが分かっています」


「……」


 頭部の無いミイラを微動だにせず見つめるレナードとペティグリュー氏の間に先程の執事が足早に近付いてきた。そのまま執事はペティグリュー氏に耳打ちすると静かに後ろに下がっていった。ペティグリュー氏は物腰の柔らかい態度を崩さず、こちらに声をかけた。


「では私は準備がありますのでこれにて失礼いたします。何かご入用でしたらなんなりとお申し付けください」




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