首の無いミイラ

小野 玉章

2-1



 誰もがその名を知っている名門イートン校。そのダイニング・ホールに食器の音が響いていた。

 それを機嫌よく並べているのは齢十六、七くらいの青年だった。

 クラスメイトのレナード・リーヴスだ。

 燕尾服を身に纏い、金髪翠眼で背丈は自分より拳一つ分ほど低い彼は、品定めをするようにこちらに視線を向けた。


「君はタイムトラベラーを信じるか?」


「……何だって?」


 いきなり突拍子もないことを言われて反応が遅れる。

 栗色の髪に褐色の瞳、特徴といえば特徴の無い、長身だけが取り柄のウェントワース=ハード・ウッドが胡乱気な声を出した。

 レナードが続ける。


「タイムトラベラーの実験だよ。これから秘密のパーティを開催して、終わったあとに招待状を配るんだ。未来に生きる人間にしか知りえない事実――つまり、この場所に訪れて招待状を持っている人物はタイムトラベラーということになる」


 思わず手持ちを見たところでウェントワースは確認を取る。


「つまり、僕は招待されていないのか?」


 レナードの動きが一瞬止まる。


「その通り。招待されているのは君ではない」


 目の前には肉料理、魚料理、豆料理、スープにパンにポテト、フルーツからサラダ、食後のデザートまで用意されていた。

 時刻は午前0時を回ろうとしている。夕食を食べたとは言え、育ち盛りの青年にとってあの量は少し足りない。夜食を食べるにはもってこいの時間だった。

 広げられた料理を妬ましく見つめて、ウェントワースは頬杖をついた。


「それで、本当に誰か来るのか」


「それを調べるのが実験だよ」


 ただただ無言で無音の時間が流れる。湯気を上げた料理が長いテーブルに寂しく置かれている。どうせ無駄になるなら食べてしまっても構わないのではないか。そう言い募ろうしたところで、食堂の扉が重々しく開いた。

 中から一人の青年が現れる。赤毛の髪にやんちゃそうな瞳、クラスメイトのウィリアム・ラングだった。

 ウィリアムは室内を見回して、二人の姿を確認すると当然の疑問を投げかけた。


「こんなところで何をしているんだ……? レナード、ウェントワース」


 呆れたような声を出すウィリアムにウェントワースは希望を持った目で話しかけた。


「ウィリアム。招待状を持っていないか?」


「招待状? 何の話だ?」


 全身から息を吐きだすような溜息をついて机に突っ伏すウェントワースを横目にレナードが口を開いた。


「それで、君は一体何の用だ」


「いや、その……」


 鼻を掻いて、ウィリアムは意を決したように言い放った。


「旅行に行かないか。今度の休みに」


「旅行? 君と?」


「ああ。以前訪問したことがある場所なんだけど、そこでの催しが面白かったので良ければ一緒に行ける相手を探していたんだ」


 そう話すウィリアムはどこか宙を見つめているようだった。


「僕は構わないが――」


 と、そこまで言ったところでレナードの緑色の瞳がこちらを見た。

 ウェントワースは以前レナードに怪我をさせてしまったという自責の念があるので、大抵の願い事は聞き入れるようにしていた。今行われている実験もそのひとつだ。

 つまり、こちらに決定権は無い。

 肩をすくめてウェントワースが口を開く。


「……僕も行くよ。それで、場所はどこなんだ」


 ウィリアムは心底安心したような表情を浮かべて、こう言った。


「サフォーク州カージー村。ミイラ開封パーティを見に行こう」




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る