第43話 侵入(1)——side待ちぼうけ組

 フィーグとエリシスが夜会に参加している館の近くにある、とある高級宿屋。

 その一室で、リリア、アヤメ、キラナはじっとフィーグの帰りを待っていた。



「ねえ、リリアぁ、パパはいつ帰ってくるの?」



 キラナは目をらんらんとさせてリリアに聞く。

 普段ならキラナは眠くなっているだろうに、今は元気だ。


 昼は王都でいろんな買いものをしてはしゃいでいたのだが、そのテンションは維持されている。


 まだまだ夜会は始まったばかりだろう。

 窓の外に見える館から漏れる光に変化はない。


 その光を見てリリアは答える。



「あと一時間くらい?」


「えー。待てないよぅ。せっかく、せーっかく飛んで会いに来たのに」



 フィーグとずっと一緒にいられると思っていたのだろう。

 わがままを言い出すキラナ。


 ここで、年長のリリアがびしっと言うべきなのだろう。

 しかし、リリアもフィーグと会いたい気持ちがあった。


 ふう、と溜息をついて答えるリリア。



「フィーグさんは待っていてと言っていたし……私も我慢してるんだからキラナちゃんも我慢してね」


「あそこにいるの?」



 リリアの言葉を意に介さないような様子で、キラナは指を指した。

 その小さな指の先にある建物は、影だけを見ても豪華絢爛な作りだと容易に分かる。



「うん」


「じゃあ、飛んで行ったら会えるかな?」


「うーん、そうかも? キラナならあの塀も簡単に越えられそうだし」



 その二人の頭に、柔らかい手のひらが触れる。



「コラ。お兄ちゃんの言いつけを守らないといけないの!」



 アヤメは腰に手を当てて言った。



「「ええー」」



 キラナとリリアは口を尖らせて言う。

 子供だ……アヤメは内心思うけど口に出さない。



「リリアの方がすごーく歳上のハズなの……なのに、なぜあたしがお母さんみたいなことしてんの……」



 といいつつも、アヤメもあの館に行って、兄であるフィーグの様子を見たくてたまらなかった。

 適当な精霊を召喚して塀を跳び越えるか、門番の兵士を気絶させるか、眠らせれば……。

 少し物騒な妄想にふけるアヤメ。



「アヤメさんはなんで、制服を着ているんですか?

 今日、昼に服をたくさん買ったのに」


「えっとね、それは……制服の着用が義務付けられているからよ!」


「そうなんですね」



 嘘である。

 アヤメが魔法学院の制服を身につけているのは、いつでも駆けつけることができるからだ。

 この制服は魔法により防衛のエンチャントがかけられている。



「リリアさんは、どうして皮鎧レザーアーマーを身に付けているの?」


「こ、これは……」


「まあ……いいの」



 聞くまでもない。同じことを皆が考えている。


 リリアは皮鎧レザーアーマーにかけられているエンチャント【探索者サーチャー】を何かあれば使うつもりでいた。

 フィーグは、広い館であろうともすぐ見つかるだろう。



 三人とも、戦っていた。

 フィーグの言いつけを守るVSあの館に行って、フィーグに会いに行く。


 とりあえず今のところは、三人とその内部の戦いは均衡を見せている。

 しかし何かあれば、その均衡はあっという間に崩れるのが容易に察することができる。



「「「何か起きないかなぁ」」」



 皆が一斉に溜息をつく。



「あのね……キラナは散歩に行きたいの」



 一番先に欲望に負けたのはキラナだった。

 いや、最初から負けていたと言うべきか。


 日が暮れて外は真っ暗になっている。

 散歩などしても、あまり楽しそうではない。

 そもそもここは王都郊外なので、人通りが多いわけではなく、やや物騒だ。


 しかし……三人の戦いの均衡を崩すのに、キラナの提案は最適なものだった。



「そ、そうですね! 散歩私も好きです」


「うん、お兄ちゃんは待っていてと言っていたから、散歩しながら待っていればいいの。行こう、散歩に!!」


「わーい!!」


 どう考えてもじっとして待っていろという意味なのだが、もはや彼女を止める者は誰もいない。



 ☆☆☆☆☆☆



 リリアとアヤメは、間にキラナ挟んで手を繋ぎ、やかたに向かって歩いていた。

 道は暗かったものの、大した距離ではない。


 フィーグが心配した「愚か者」も登場せず、三人はあっというまに館の前に着いた。



「門番がいるの」


「うん……やっぱり入れないよね」



 館の周囲は高い壁で囲われており、中の様子も分からない。

 ときおり、入り口の門に馬車が出入りしているが、チェックは厳重で、完全武装した騎士たちがチェックしていた。



「ぐるっと一周してみましょうか?」


「「うん!」」



 三人はそうやって歩いていると。

 壁沿いに怪しげな人陰が見えた。



「リリアさん、あれ……何だと思う?」


「うーん何でしょう?」



 近づくと、二人いることが分かる。一人は人間、もう一人は、半透明の精霊のようだ。

 見ると、その人間は精霊を四つん這いにさせ、踏み台にして、壁を越えようとしている。


 とはいえ、全然壁の上に届いていない。

 人間は、アヤメと同じくらいの年齢の少女で、精霊の方は周囲に風を纏っている。



「召喚主殿。さ、さすがに無理では?」


「いいから、そのまま、じっとしていなさい」


「はぁ……」



 精霊は溜息をついている。女性の姿をしているそれは、召喚主殿の努力が無駄であることに気付いていた。

 なにやらコソコソと話をしていて、アヤメたちに気付いていない。

 どうやら、その者たちも、壁を越え館を目指しているようだ。


 その姿を近くで見て、はっとアヤメは息を飲んだ。



「あの精霊……あれはもしかして?」


「アヤメさん、知り合いですか?」


「たぶん。風属性の大精霊を連れている女の子なんて、そうそういないの」



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る