第42話 夜会(4)



 俺は【王族:前衛舞踏コンテンポラリー・ダンス】をエリシスに上書きする。

 そして、起動。



「あっ……んんッ……これは?」


「元々は君のスキルだ。さあ、踊ろう」



 俺は一歩踏み出しエリシスをリードする。



「はい!」



 二人で同じ方向に駆け出した。時に穏やかに、時に激しく。

 息がぴったり合ったそのダンスに、次第に周囲の目が集まってくる。


 凶悪な武器釘バットを振り回し、激しい言葉を振りまく女性とは思えない、しなやかさ、振る舞い、所作。やっぱエリシスは貴族令嬢なのだと思い知る。

 凄い。知性と気品に溢れる素敵な令嬢なのだと思う。


 でも……この踊りはいったい?

 激しい。周りが音楽に合わせているのに対し、この踊りはどちらかというと攻めて、音楽を引っ張る印象だ。



「エリシス、周りで踊っている人のとちょっと違うような?」



 俺が問いかけると、エリシスの瞳は潤んでいた。今にも泣き出しそうなのを、歯を食いしばり堪えている。

 足を踏んだわけでもないのに、どうしたんだ?



「はい……お父様とお母様が……教えてくださった……。それが完璧に……うっとりするような気品や、しなやかさもも備えていて」


「ご両親の遺してくれたものが、エリシスの中にスキルとして残っていたんだね。同じものが今、俺の中にもある」


「かつて、お父様とお母様はこうやって踊っていらしたのでしょうか?」


「うん。きっと、そうだよ」


「……フィーグ様。この授けてくださったスキル、素晴らしいです。大切にしますね」



 笑顔を取り戻したエリシスと、周りの男女のペアを縫うように足を進める。

 時々エリシスの腰を持ち、高くかかげたり、くるりと回ったりする。


 なるほど。

 エリシスの底知れぬ根性は、このダンスが元になっているのかもしれない。



「ああ……曲が終わってしまう……」



 エリシスは名残惜しそうにしつつも、ラストを決めた。

 ふう、と俺は一息をついた。


 同時に、わあっと歓声が上がった。

 見ると、周囲の人たちが、俺たちに向かって拍手を送ってくれていた。


 部屋の最奥には楽器を持っている人たちがいたのだが、その代表のような人も何か言葉を発しながら、拍手をくれていた。


 思わず注目を集めていたようだ。

 ほとんどは、エリシスに向けてなのだろう。


 正直なところ、彼女は貴族社会にいたほうが輝けるのではないだろうか。

 そう思うほどに、気品に溢れているように思う。


 ……今は。



「あの二人、すごかったな……あのダンスは新しい。情熱的で新鮮だった」


「可愛らしいし、お淑やかで……エリシスという名前なのか? 妻にしたいところだけど、あれほどのダンスだ。私には無理だ」



 概ね、漏れ聞こえる声は好評のようだ。

 一部、忌々しい顔で俺たちを見ている者もいるようだが、気にするほどでもない。


 再び音楽が流れ、一時中断したダンスが始まる。

 俺とエリシスは、壁際に戻り一息つく。



 ☆☆☆☆☆☆



「ふいーっ。少し疲れた」


「そうですか? 私はまだまだ大丈夫です」


「エリシスはすごいな。どこにそんな体力があるんだ?」



 木製とは言え、釘がたくさん打ち付けられたバットをあれほど振り回していたのだ。

 これくらい朝飯前なのだろう。


 などと、エリシスと話していると……。



「やあやあ、エリシス。久しぶりだね」



 苦虫を噛みつぶしたような表情で、一人の貴族令息と思われる男が現れた。

 令息と言っても三〇代後半から四〇代くらいだろうか?



「フィーグ様、この人がフェルトマン伯爵です」



 小声でエリシスが教えてくれる。

 そうか、これが依頼主か。


 もっと若いと思っていた。なんせ、十六歳のエリシスと婚約するくらいだから。

 でもまあ、貴族間ではよくある話なのかもしれない。


 やや小太りで、それを豪華な服で隠そうとしているように見える。

 見た目で判断してはいけないとはいえ、その悪辣なオーラに良い印象を俺は持てない。



「あっ」


「あっじゃないわよ。フィーグ。勇者パーティの雑用から逃げられると思っているの?」



 そうだ、俺をさんざんこき使っていた聖女デリラ。彼女は口撃を止めない。



「だいたい、なにこの女? 貧相な身体をして。本当に聖女なのかしら? どちらにしても、私の方が上よ。そんな女より私がいいでしょう?」



 確かに聖女デリラの身体は豊満と言っても良いかもしれない。

 それにくらべ、メリハリのあるエリシアではあるが俺には貧相だとは思えない。



「おいおい、婚約者の私の前で他の男を誘惑か?」



 フェルトマン伯爵は、わざとらしく言う。恐らく本心ではないのだろう。

 自分から聖女デリラが離れないと、そう信じているように思う。

 権力に酔い、自分より地位の低い者は全て自分に従うと疑わない。



「まあいいじゃない。フィーグは勇者パーティの雑用係として必要なの。あなたの斡旋してくれた女はすぐやめちゃうし」


「それはすまなかったな。まあ、この男なら……いいだろう。せっかくエリシスにお仕置きをしようとしたのに、目立ちやがって……私に恥をかかせてくれたのだからな。一生雑用係にしてくれ」



 俺はエリシスと踊っただけなんだけど。



「で、本題だ。エリシス、わが元に戻ってこい。能力が不足していると言え、診療所で飼ってやることはできる。

 冒険者などと危険を冒す仕事に就く必要は無いだろう」


「診療所は、婚約されたという、そちらのに行っていただけばよろしいのでは?」



 先ほどまでのお淑やかさはどこかに消え、エリシスの声に棘を感じる。

 暴走しなければ良いけど。


 あれ?

 ふと気付いたけど、エリシスの拳が握られ震えている。

 願わくば、その拳がフェルトマン伯爵のアゴに炸裂しませんように……。

 釘バットを置いてきて良かった。



「聖女デリラにはがあるからな。そもそも、勇者パーティの聖女殿にやらせるわけにはいかないだろう?」


「フェルトマン伯爵、あなたが別の聖女に任せると言ったのでは?」



 恐らく、診療所での治療という地味な仕事を、聖女デリラが好まなかったのだろう。

 だから、エリシスを戻そうとしている。



「ああ言えばこういう……口だけの使えない女が何を言う。男か? そうだその男だな? 私というものがありながら、他の男にうつつを抜かすとは」



 何言ってんだコイツ?

 婚約破棄しておきながら、まだエリシスが自分に従うと思っているのだろうか?

 フェルトマン伯爵が続ける。



「ふん。まあ、今のうちだ。私に……このフェルトマン伯爵に逆らっていられるのは。どうせ



 妙な自信を見せるこの男、何かするつもりなのか?

 フェルトマン伯爵は、俺たちに背を向けた。

 続けて、聖女デリラを引っ張るようにして部屋の中央に歩いて行く。



「なっ、何よ?」



 予想外の行動なのか、聖女デリラは戸惑いの表情を見せている。

 でも、フェルトマン伯爵はお構いなしだ。



「みなさん、お楽しみの所申し訳ありません。私の方から報告がございます」



 ざわっとする貴族の面々。

 俺とエリシスは顔を見合わせる。



「いったい何が始まるのです?」


「う……わからない」


 

 もしこれが「婚約破棄イベント」ならば、パワー系令嬢のエリシスが伯爵をぶん殴るまでが様式美。

 でもさすがに俺は口に出さない。

 エリシス、普通にやりそうだからな。


 続けて、フェルトマン伯爵は、声を張り上げ言った。



「報告が遅れましたが、先日、あそこにいるエリシスと婚約破棄をしました」



 やはり、夜会など人が集まっているときに婚約破棄を宣言するアレだ。

 ざわっとする会場。視線がエリシスに集まった。


 だけど、フェルトマン伯爵の続けての言葉に、彼に視線が戻る。



「次に、こちらの聖女デリラ殿と婚約をさせていただきました」



 ここまではよくある話だ。だが……。



「そして、本日、結婚するとの意思を王宮に伝えまして、即日認められたため、私たちは晴れて夫婦となりました」



 え、そうだったのか。

 ふうと、エリシスは息をつく。エリシスにとって、フェルトマン伯爵はもうどうでも良い存在なのだろう。


 婚約破棄発言に、一瞬しんと静まり返った貴族たち。

 続けての結婚の報告に少し穏やかな空気になった。


 だが意外な反応を示す女性が一人いる。



「えっ?」



 聖女デリラだ。なぜか、びっくりした表情で顔を歪めている。

 当事者である聖女デリラが、どうしてそんな反応をするんだ? 



「「「「えっ?」」」」



 聖女デリラが驚くのを見て、ざわつく会場。

 俺とエリシスは顔を見合わせ首をかしげた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る