第41話 夜会(3)
翌日の夜。
フェルトマン伯爵から要請があった夜会が行われる館。
俺とエリシスは二人でこの会場にやってきた。
大きな館だ。街からは少し離れている郊外にある。夜会の会場がある館と、宿泊ができる宿屋のような館と二つが塀に囲われている。
その二つの館の間に、中央には美しく手入れされた庭がある。
俺たちは館に着き名を告げると、控え室に通された。
「あの……他の方は大丈夫でしょうか?」
「アヤメはしっかりしてるし、リリアとキラナの面倒くらい見られるよ」
「それもありますが、その、もし夜盗などに襲われたら?」
「うーん、高級宿だから警備は厚いだろうし、アヤメもリリアも強い。キラナも自分の身くらい守れると思うが……」
エリシスは納得していないようだ。
銀竜の姿を万が一心ない者に見られていたら、捕らえられてひどいことをされるのではないかと心配している。
とはいえ、竜の状態で【
ただでさえLV90だ。
一応、街中では自制するようにと伝えている。キラナは賢い子なので大丈夫だろう。
とはいえ、身の危険を感じたら……くれぐれも愚か者が、彼女らを攻撃しないことを切に願った。あの宿屋も灰にしてしまいそうだ。
「しかりエリシスはやっぱり貴族なんだな。そのドレス似合っているよ」
「フィーグ様もとてもお似合いだと思います」
少し地味目とはいえ、それっぽい貴族が着るようなドレスを身につけている。
俺は、少なくとも夜会に来ておかしくない程度のスーツを昼間に用意し身に付けている。
「フィーグ様と二人だけというのは緊張しますね」
「そうなのか? それなら俺は廊下で待っていようか?」
「いえ、大丈夫です。ここにいてください」
などと話していると。
コンコンとドアをノックする音が聞こえ、呼び出される。
「では、夜会の準備ができました。エリシス様、こちらへ」
あれっ?
夜会の前にフェルトマン伯爵に引き合わせるものだと思っていたのだが……そのまま夜会が始まってしまったのだった。
☆☆☆☆☆☆
夜会会場に通される。
ここは貴族の社交場。
部屋の入口側はテーブルがいくつかあり、飲み物や食事が用意されている。
かなり広い部屋で、絨毯もふかふか。壁には絵画や紋章をかたどった旗がぶら下がっている。
奥の方は広い空間があり、既に踊っている男女がいる。
豪華絢爛、着ている服も身につけている装飾品も、どれもこれもギラギラしているように見える。
俺はこんな世界に慣れていないので目がくらくらしてくる。
エリシスは壁際に立った。
周りの令嬢は次々に男性に声をかけられ、踊り始める。
しかし、エリシスには誰も声をかけようとしなかった。
「あの女……あれか……声をかけてはいけないって聞いているが」
ふと、エリシスを見つめつつそんな声を発する者がいる。
ニヤニヤした下卑た視線を送る者がいる。
「フィーグ様。私はどうやら歓迎されていないようですね」
「なぜ? 貴族って、こういうことあるの?」
「分かりません。このような場に来たことは少ないので」
といいつつも、眉を下げ口をつぐむエリシス。
彼女の視線は華麗に舞う男女に向けられてきた。
楽しそうに踊る男女を、エリシスは目で追っている。
うず、うず、しているみたいだ。踊りたいように見える。
でも、相手が現れない。
伯爵の差し金なのか貴族の男たちは皆、完全にエリシスを無視していた。
壁の花になってしまうエリシス。そして、その様子を嘲笑うように見つめる令嬢たち。
どうやらエリシスに恥をかかせるのがこの夜会の目的らしい。
俺はそんな周囲の様子にイラッとした。
「エリシス、君は踊れるんだよね?」
「はい……生前のお父様とお母様に習いました」
「じゃあ、俺とどうかな?」
俺がそういった所で、声をかけてくる人がいる。
「あら、これはこれは……婚約破棄をされたエリシス
一人のド派手なドレスを身に纏った女性が俺たちに近づいてきた。
俺は思わず溜息をつく。
現れたのは、聖女デリラ。俺が追放された勇者パーティの一員だ。
「あ、ああ……久しぶり」
「フィーグッ! こんなところで出会えるなんて奇遇ね!」
「そ、そうだな」
俺は今すぐ逃げ出したい衝動に駆られる。
もう関係は無いとは言え、この人は苦手だ。やたら誘惑してくるし、なんだかんだ雑用を押しつけられてきた。
あたりを見渡す。一番会いたくないのは勇者アクファだ。
しかし、姿が見えない。俺はほっと一息つく。
「神官程度のこんな女より、私と踊りませんこと? 久しぶりの再会を祝って。踊れなくても、私がサポートするわ」
聖女デリラは俺に手を差し出した。
正直苦手な人で、とりあえずその言葉に従っておけば間違い無いことは身体が覚えている。
だから、この手を取れば問題は少ないはずだ。
しかし……。
こんな女。エリシスにそう言ったことに、俺は少なからずイラッとした。
俺のことはともかく、貴重なパーティメンバーをバカにされて黙っているほど、俺はお人好しでもない。
こんな時に大切なメンバーを守れないようでは……世界で一番強いパーティなんて目指すことができない。
「すみません、聖女デリラ。残念ながら俺は……こちらの
その言葉に、聖女デリラはピクッと眉を動かす。
明らかに動揺していた。
「何ですって? この女が聖女ですって? それに、私を選ばないとどういうことになるのか、分かってるのっ?」
前に何度も受けた恫喝だ。以前は勇者パーティに縋っていたし、勇者アクファに色々言われるのが嫌で従ってきた。
だけど今は、俺は自分のパーティを持っているし、今俺の周りにいてくれる人たちより重要なことなどない。
それに——。
「選ばなければ、どうなるんですか? 俺はもう勇者パーティの一員ではありません」
「だから、勇者パーティに戻れるように私が手助けを——」
「いりません。それに、俺にとっては聖女エリシスの方が大切です」
俺の凜とした言い方に、聖女デリラが怯んだ。
今までにないことだ。
「なっ。だいたい、庶民のフィーグがダンスを踊れると思っているわけ? 私ならサポートできるのに、その女はできるって言うの?」
アテが外れたのか、怒り狂う聖女デリラ。
少し緊張したけど、きちんと言い返せた。今の俺は前と違う。
俺は、ぷしゅーっと湯気を立てているように怒り出す聖女デリラに背を向ける。
そしてエリシスを見て、改めて手を差し出した。
「俺と、踊ってくれませんか?」
「えっ? しかしフィーグ様は——」
エリシスは何か言いかけて、留まった。そして少しうつむく。
言いたいことは分かる。
庶民出の俺が貴族が行うようなダンスなど踊れるはずがない。
俺は心配そうな表情をしているエリシスに、ニッと笑顔を見せた。心配するな、そう想いを込めて。
すると、彼女は戸惑いながらも俺を見上げてくる。
エリシスは俺の表情を読み取り、少し口角を上げた。
「そうですね。フィーグ様は偉大なる——神でしたね」
今だけは、咎めない。パーティメンバーが前を向いてくれるなら、顔を上げてくれるなら、俺は何にだってなろう。
エリシスは俺の差し出した手を取った。
「フィーグ様、お誘いいただき、ありがとうございます。喜んで、お受けいたします」
エリシスの可愛らしい笑顔が戻ったことを確認すると、俺はスキルを起動した。
【スキル
【特技スキル、貴族:舞踏を
「当然、YES!」
【以前整備したことがある王族たる者の性質、および、エリシスの特性を利用し魔改造します。
——成功。
舞踏は、王族:
うん?
おかしいな。今まで王族自身のスキル整備はしたことがないんだけどな。
まあいいか。
俺は、エリシスの手を引き、颯爽と広く空いた
後ろで聖女デリラが、なにやらわめいている。
でも、俺にとってそれはもう、どうでもいいことだった。
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