第39話 夜会(1)


 俺はダンジョンの下層に繋がる階段に後ろ髪を引かれつつ、聖女となったエリシスの依頼を解決するために外に出た。

 王都に向かうために。


 ダンジョンの外に出ると、すっかり日が暮れている。

 月明かりが俺たちを照らす。


 視界が悪いものの、多少遅くなっても今日中に街まで移動したい。

 俺は早速リリアとエリシスを両腕に抱いて叫ぶ。


「あ、あの、フィーグ様?」


「エリシスさん、大丈夫ですよ」


「い、いえ、急にどうしたのかと思いまして……」



 妙にエリシスは頬を染めているが、気にする暇はない。



「スキル【次元飛翔】、起動!」



 しーん……。

 ん? どうした?

 何も起きない。



《スキル【次元飛翔】は……【鬨】によって上書きされたため、ありません。はぁ……》



 あっ。

 なんかスキルが溜息をついたような。

 いや、気のせいだ。そんなことはあり得ない。


 そうだ。他人のスキルをメンテするとき、俺に上書きするのだが、それは一つだけだ。



「フィーグさん、あの、どうかされました?」



 どことなく不安げな顔をしてリリアが言う。



「聖女エリシスの【鬨】を整備メンテしたとき、キラナの【次元飛翔】が上書きされて消えたの忘れてた」



 俺は肩を落とし、抱きかかえていた二人を離す。

 すると、何かを閃いたエリシスが口を開いた。



「このままでもいいのに……あの、【鬨】で、みんなで王都まで走るってどうでしょう?」


「興奮した状態で、王都まで走る? 馬車で一週間の距離だぞ……。

 確かに睡眠も取らず高いテンションで走り続けられるかもしれない。

 でもそれって、噂に聞く『死の行軍デスマーチ』そのままじゃないか?」


「はい。途中まで馬車でしたけど、降りたあと、私はそうやってここまで来たのですが……」



 汚い言葉で障害物に文句を言いながら、走り続けるエリシスを想像してしまった。

 そうなんだよな。エリシスって、一人で家を出て一人でこのダンジョンまでやってきたってことだよな。

 なかなか根性があると思う。


 いや、もしかして一人で来るしかなかったのは、もしパーティを組んだ人がいても戦闘時の様子を見て逃げ出したのでは無いだろうか……?

 あの暴れっぷりを見たら、俺でも引く。というか、引いた。


 などと話していると……。

 バサッ……バサッ。


 何かが羽ばたくような音が聞こえた。



「何? あれ?」



 みんなが気付き上を向く。



「ド、ドラゴン……?」


「くっ……みんなダンジョンに戻れ!」



 ドラゴン。竜。世界でも最上位クラスの存在で強大な力を持つ。

 しかも、人間に対して危害を加えてくる。

 俺が勇者パーティ所属時に遭遇したのは、邪悪な竜ばかりだった。


 本来、人里離れた厳しい自然の中にしかいないようだが、たまに人が住む場所に現れ害をもたらす。人や家畜を襲ったり、金銀財宝を求め街に大きな損害を与えたり。


 黒竜ブラックドラゴンは酸性の液体、赤竜レッドドラゴンは炎、青竜ブルードラゴンは稲妻、白竜ホワイトドラゴンは吹雪。

 それぞれの特色を持つドラゴンブレスが非常に厄介だ。

 牙や爪の攻撃もしゃれにならない。


 俺は全速力でダンジョンに逃げ込む途中、ブレスに気をつけようと竜の種類を知ろうと振り返った。

 俺たちに向かってくるドラゴンの色は……。



銀竜シルバードラゴン……だと?」



 さっきは真下で影しか見えなかったが、今はその肌の色が分かる。月明かりに照らされ、美しく輝いている。

 金属系色の肌を持つ竜は善竜と呼ばれていて、邪竜より強い。最上位は金竜ゴールドドラゴンだ。その次に銀竜シルバードラゴン赤銅竜カッパードラゴンと続く。

 邪竜よりさらに珍しい存在で実在すら疑われていたはずだけど……どうしてこんなところに?


 ただ、このことは俺たちにとって運が良い。

 善竜は少なくとも、いきなり襲ってきたり無意味な殺傷は行わないはずだ。


 確かに、この状況で俺たちを攻撃するつもりなら、既に高速で接近しブレスなり爪でなぎ払われていただろう。


 そうしないということは、交渉ができるかもしれない。 

 俺が足を止めると、リリアとエリシスも立ち止まった。



「フィーグさん! どうされました?」


「あ、ああ……ひょっとしたら、話が通じる相手かもしれない」



 俺が立ち止まると、そのすぐそばに銀竜が着陸した。

 ふわっと羽ばたき、少しフラつきながらも着地をする。


 胴体の大きさは、馬車より少し大きいくらいか、人が数人背中に乗れるくらいの大きさ。羽を伸ばせば馬車を数台並べた幅になるだろう。


 今まで俺が見てきた邪竜よりサイズが小さいうえに、全体に丸っこいので可愛いらしさもある。

 これくらいの大きさだと、まだ幼年期と言っていいはず。


 目を凝らすと、竜の背中に誰か乗っている。

 見覚えがあるシルエットだ。



「お兄ちゃん! みつけたの!」



 銀竜から飛び降りたのは、なんとアヤメだった。

 魔法学院の制服を着ている。ブレザーにスカートがよく似合っている。

 アヤメはそのまま俺に突撃してきて抱きついてきた。 



「アヤメ、どうしてここに?」


「フレッドさんから、伝言があったの。それと帰る手段ないかもって言われて急いで来たの!」


「じゃあ……もしかして、あの銀竜は……?」


「うん、キラナなの! すごく頑張ったから、褒めてあげて!」



 キラナは彼女の持つスキル【竜化】を使っていた。

 竜化した状態だと、【次元飛翔】など他のスキルにボーナスがつき、強化されるようだ。


 銀竜は姿を変えて人間の姿のキラナに戻っていた。

 裸だが構わず俺にタックルしてくる。



「パパぁ! キラナね、頑張ったよ!

 パパが使えるようにしてくれた【竜化】も練習したし、【次元飛翔】も練習してね、それでね……!」



 嬉しそうにしゃべり出し、止まらないキラナ。

 俺はしばらく彼女の話を聞いた。


 一通り話して興奮が収まると、俺にぎゅっと抱きついてきた。

 ああ、彼女を救えて良かったと思う。



「すごいな、キラナは」



 俺は彼女の頭を撫でると、キラナはいつものように気持ちよさそうに目を細めた。



「でもな、キラナ……とりあえず服着ような」


「うん!」



 一方のエリシスは——。

 竜から少女の姿に戻ったキラナよりも気になったワードがあったようだ。

 目を丸くして俺たちの様子を見つめている。



「今、フィーグ様をパパって……?」



 ☆☆☆☆☆☆



 アヤメとキラナは、フレッドさんからの伝言で、昼頃からこっちに向かったそうだ。

 キラナは疲れを見せていない。竜化とはすごいものだな、と感心する。


 さっそく竜化したキラナに乗せて貰い、俺たちは王都まで飛んだ。

 俺がサポートした結果、ほぼ一時間程度で王都まで辿り着いたのだった。 


 そして宿を取る。

 少し高級なところにして、俺だけ別の部屋にしようと思ったのだが……みんなからなぜか責められ、同じ部屋に泊まることにされてしまった。



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