第34話 誰にだって夢中になるものの一つや二つ(1)



 殴り聖職者アコライトという存在がいるということは聞いたことがあるけど、撲殺神官と言った方が合っている。

 まるでヒャッハーと叫ぶあらくれ者のような言動にリリアも引いているくらいだ。



「フィーグさん、貴族の男性にエリシスさんに会わせる依頼ですが……大丈夫でしょうか?」


「そうだな。伯爵が今の荒ぶっているエリシスを知っているのか?

 ものすっごーく不安になってきた」


「私もです——あっ」



 リリアが軽い悲鳴を上げる。

 見ると、エリシスが殴りつけた釘バットが、オーガの体にめり込んでいる。

 どうやら肉に食い込み、抜けなくなったようだ。



「ウエッ?」



 額に青筋を立てて釘バットを引き抜こうとするエリシス。

 鬼だ。

 鬼の形相だ。



「ぐぬぬぬう!」



 荒々しい声とともに、スポッとエリシスが吹き飛んだ。


 再び殴りかかるエリシス。

 しかし……。


 ボキッ。


 釘バットが先端から三分の一くらいのところで折れた。

 よりによってこんなタイミングで武器が壊れるとは、運が無い。


 そういえばエリシスはレベッカの装備屋を訪れていた。

 あの時、じいさんはスキルが暴走していたはずだ。


 暴走したスキルで加工した武器が壊れやすくなっていても仕方ないかもしれない。

 だが、あの乱暴な振り回し方だと、じいさんのスキルと関係なく壊れそうだな……。


 エリシスは鬼の形相のまま、折れた釘バットを呆然として見つめている。

 まるで、悪夢でも見ているかのように釘バットを見つめたまま動かない。



援護カバーします!」



 リリアが駆け出す。

 素晴らしいスピードでオーガに迫り、エリシスを庇うように間に立った。


 俺は、真っ白になって突っ立っているエリシスの方に駆け寄る。



「大丈夫か?」



 うっ、と頭を抱えて倒れそうになるエリシス。

 彼女を抱き抱え、俺は部屋の隅に移動する。


 キンッ、キンッと武器がぶつかる音が響く。

 リリアが応戦しているのだ。


 リリアの腕前ならオーガくらいなら楽勝だろう。

 ふと、腕の中のエリシスが俺を見つめていることに気付く。



「えっと……わたくしは……?」



 さっきまでのギラギラしていた目つきはどこかに消え、優しげで儚げな表情をしている。

 潤んだ瞳で俺をじっと見ていた。



「大丈夫か? 武器が壊れたようだが?」



 すると、はっと、何かに気付いたエリシスは周囲を見渡し、手にしている血だらけの釘バットに気付いた。



「わ、わたくしやってしまったのでしょうか?」


「また? 覚えていないのか?」


「はい……いつも夢中になると我を忘れて」


「夢中? 我?」



 夢中……。戦闘になると、人が変わる人間も多いと聞くが、彼女のそれは尋常じゃないな。


 エリシスを立ち上がらせると、右腕がだらんと下に落ち、握っていた釘バットがぐしゃっと床に落ちた。

 途端に顔色を変え、右腕を押さえるエリシス。



「えっ……い、痛っ!」


「どうしました?」


「腕が……うでがッ……」



 どうやら腕の筋を痛めてしまったようだ。

 よく見ると、神官着の破れたところから見える肌に傷がある。


 腕が腫れ始めている。

 戦闘中に怪我をしたのかもしれない。



「きゃあっ!」



 ドサッ。


 リリアが悲鳴と共に吹き飛ばされてきた。

 その先にいた俺は、リリアに押し倒された格好になった。



「いたた……」


「大丈夫か、リリア?」


「はい、平気です……キャッ! ご、ごめんなさい、フィーグさん」


「問題無い」

 


 リリアはさっと俺の上から立ち上がり、オーガの方向を向いて構えた。


 しかし、たかだかオーガごときにリリアの【剣聖:風神】スキルが負けるとは思えない。



「リリア、どうした?」


「フィーグさん、アイツら……切っても切っても治っていって……何体か倒したのですが……」



 見ると、サイコロ状にになったオーガの身体が転がっている。

 新装備の剣の切れ味はさすがだ。もしかしてエンチャント【復讐者フラガラッハ】を使ったのだろうか?

 それにしても、リリアさんも殺意強すぎませんかね?


 そういえばエルフはオークやオーガを嫌悪・憎悪しているという話を聞いたことがある。

 願わくは、それを人に向けないでほしいものだが……。


 リリアの顔色が悪い。

 彼女も武器を持つ右腕を抱えている。


 負傷しているようだ。武器を持てないほどでは無いが、防衛に徹することしかできなさそうだ。


 何体か倒したとは言え、リリアを負傷させるオーガの存在……なんか変だと思いつつ、違和感の正体がつかめなかった。


 傷を治すポーションは、今持ち合わせが無い。

 まずい。

 オーガが俺たちの方に向き、歩き出している。


 俺はエリシスに問いかけた。



「あの、薬かポーションは持ってないかな?

 神官なら治癒系のスキルを使って——」


「それが、今スキルがうまく使えなくて……」


「えっ」



 なるほど。十中八九、スキル暴走によるものか、何らかの制限を受けているかだろう。

 彼女のスキルを診断すればすぐ分かることだ。

 エリシスは、色々と諦めた様子で俺たちに頭を下げた。



「もうこうなっては……無理です。

 私が囮になるので、お二人はお逃げ下さい」


「大丈夫だ。俺に任せて欲しい」



 オーガと戦って負ければ命を落とすかも知れない。

 かといって、投降すれば何をされるか……俺はともかく女性は食料にされるだけでは済まないだろう。

 エリシスはそれを分かっていながら、申し出たのだ。


 俺は彼女の覚悟に応えるため、エレアの肩を抱く。

 そして、自信を持って彼女に伝えた。



「大丈夫。今だけでもパーティを組もう。それでスキル整備メンテをする。

 リリアは、防衛に徹してフォローを頼む!」


「はい!」



 リリアが俺たちの前に立った。

 ちょっと辛そうだが、俺は俺の仕事をしなくては。


 俺はエリシアの手を繋ぐ。



「スキル整備メンテ発動!」


「あっ……うっ……うん……ダメ……神に仕える私がこのような……」



 何か言っているが、気にしない。

 俺は淡々とスキルを整備メンテしていく。




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