第19話 「死籠もり」の竜人(2)

「何で、何でこんな所にっ、街中まちなかだぞ、人が大勢いるのだぞ?」


「魔導爆弾とは何ですか?」



 エリゼ様は俺の声にはっと我に戻ったようだ。

 落ち着いた声色になる。



「は……はい。これは魔導爆弾といって、近年、国内外の紛争の現場で稀に見られるようになったものです。

 のたまごのようですが、かえる瞬間に広い範囲を破壊し、燃やし尽くすほどの爆発を起こします。

 街一つくらいは吹き飛ばすくらいの……」


「竜人族のたまご? ……街一つくらいを吹き飛ばす爆発?」


「十年ほど前に、この街の近くであった爆発も……いや、ごめんなさい——」



 エリゼ様は俺の顔を見て口ごもった。

 とにかく、ヤバいものらしい。



『たすけて——』

『たすけて——』

『しにたくない——』



 再び、幼い少女のような声が聞こえる。

 周りを見ても、誰も気付いていないようだ。

 この声はまさか……?


 俺の想像通りなら、このたまごの中の子は……孵らず死ぬ。その生命力を全て爆発のエネルギーに変えて。一度も外の世界を見る事もなく。

 慌ててエリゼ様に質問する。



「止める方法はないのですか?」


「今のところ見つかっていません。

 情報が少なすぎるのです。

 何しろ、魔導爆弾の起動を見たものは、爆発に巻き込まれ生きていないのですから……」



 エリゼ様がギリッと唇を噛む。



「今まで何人の仲間が……コイツに——」



 彼女の顔を見ると、今がいかに絶望的な状況なのか、想像がつく。



「ひっひぃぃぃぃぃっっッ!」


「うわああああっ」


「爆弾だと? 記憶を消すものじゃなかったのか?」



 アクファ同盟のあらくれ者たちはのけぞり、もがきながら魔爆弾から離れようとする。

 しかし、拘束されているため身動きができない。特にギザは魔導爆弾を抱えたまま、もがくだけだった。


 そんなギザの元にエリゼ様が駆け寄る。

 彼女は短剣を懐から取り出すと、ギザの首筋に当てた。



「なぜこんなモノを持っている?」


「そ……それは」


「言え!!」



 怒りは相当なものだ。冷静なエリゼ様の激昂する姿を見るのは初めてだった。

 脅すように、短剣をギザのすぐ横の壁に突き立てる。


 ガッという大きな音を聞き、ギザは身をすくめた。



「王都ギルドのギルマスが……いざというときはこれを使えと」


「なんだと? 止める方法は聞いていないのか?」


「そもそも記憶を消す道具だと聞いていて……し、しらない」


「そうか。お前たちは捨て駒のようだな」


「な……何?」



 ギザたちは今さら、自分たちが使い捨てであることを悟ったようだ。

 例え目の前の窮地を脱しても、今この危機を招いた責任は問われるだろう。


 公爵や騎士を危険に晒したのだ。

 ギザの瞳が、絶望の色に塗れていた。



「も、もう……勇者アクファ同盟はおしまいだ……」




 護衛や付近のギルド職員達が血相を変えて離れ始めている。

 しかし、退避を呼びかけたエリゼ様は一向に逃げようとしない。



「お、お父様……お逃げになってください。ここは私が——」



 エリゼ様が、ギザの胸元から魔導爆弾を手に取る。

 それを両手で胸に抱えた。



「エリゼ……まさか——?」


「【聖騎士:防衛聖域ドーム】起動!」



 エリゼ様の周囲が、半球状の白色の結界で囲まれた。

 聖域ドーム内で爆発させ、衝撃を少しでも弱めるつもりなのだろう。

 身を挺して皆を守ろうとしている。



「もう全て手遅れです……孵化が始まっています。

 爆発すれば、冒険者ギルドの建物くらいは……いいえ、街ごと簡単に吹き飛ばしてしまう威力です。

 できるだけ遠くに逃げてください。


 ……数分以内に爆発します」



 俺は覚悟を決め【防衛聖域】による結界を超えてエリゼ様に近づいた。



「フィーグさん、お逃げください。【防衛聖域】によって多少は被害は抑えられるはずです」



 さいわい、最後にメンテしたのが【聖騎士:防衛聖域】だったので俺に複写コピーされている。

 俺に迷いはなかった。



「【スキルメンテ:試行】、【聖騎士:防衛聖域】!」


《成功——【防衛聖域ドーム】 LV99、発動します》


 ブン、という低い音が響き、エリゼ様のより濃く大きい光の結界が現れる。

 この結界は内部からも外部からも攻撃を遮断するものだ。



「フィーグさんは……私より強い【防衛聖域】を張れるのですか……!

 すごい……でも、それでも……」



 驚きつつも、まだ十分でないことをエリゼ様は認めていた。

 そこへ……。



「よおフィーグ。俺もつきあうぜ」


「フィーグさん。私もご一緒させてください」



 フレッドさんとリリアが何でもないような顔をしてやって来た。

 命を落とすような、そんな危険な場所に。



「二人とも、どうして?」


「私と……フィーグさんがいない世界で生きていても仕方がありません……。

 ううん、私に何かできることがあると思っています」


「ああ。俺も同じ気持ちだぜ、フィーグ」



 もしかしたら——。

 二人のスキルがあれば——。

 より強固な防衛のスキルが得られるかも知れない。



「【魔改造】を、【防衛聖域ドーム】に対して実行!」



 俺は叫ぶようにして、魔改造スキルを起動した。



《【剣聖:風神】の空間を切り裂く性質と、

 【モンク:金属筋肉メタルマッスル】の、対象を変質させる能力を用いて、

 【防衛聖域ドーム】を魔改造します。


 ——成功しました》



 スキル整備メンテが誇らしげに俺に告げた。



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