第18話 「死籠もり」の竜人(1)

「フィーグ殿。私がこの愚か者共に話をしていますので、急いでエリゼを診ていただけませんか?」



 公爵が俺に頭を下げた。

 スキルが暴走しかけているのだろうか?

 前回のメンテからあまり日が経っていないはずだ。


 ちらりと、俺の傍らにいたリリアを見て少し表情を固くしたエリゼ様。

 エリゼ様は、こちらへ、ギルド内の部屋に行くように俺の手を引く。


 中庭を離れようとした瞬間、俺の耳に幼い女の子の声が聞こえた。



『たすけて——』



 俺は慌てて周囲を見渡すが、声の主は見当たらない。

 不思議なことに俺以外には、幼い女の子の声は聞こえていないようだ。


 耳を澄ましたが、もうそれ以上声は聞こえなかった。

 見渡しても、少女の姿は見えない。


 仕方なく俺はエリゼ様が待つ冒険者ギルドの空き部屋に移動する。



「お久しぶりですね、フィーグさん」



 がらっと柔らかい口調に変えて話すエリゼ様。

 エリゼ様は、騎士であることを意識して人前では硬い口調で話している。



 エリゼ様に近づいたせいか、薔薇の花のような良い香りが漂ってきた。

 俺は立ったまま彼女の両手を取り、スキルメンテを実行する。



 が、その時——スキルが俺に告げる。



《戦闘に勝利し条件を満たしたため、新たに特技スキルの診断が可能になりました》



 ん?

 なんだ特技スキルって。


 しかし、今はエリザ様のメンテが先だ。

 いつものように診断から、整備、上書きまでを実行する。



『名前:エリゼ

 職種スキル:

 【聖騎士:聖剣】      :LV55《注意:消耗大》

 【聖騎士:癒やしの手】   :LV50《注意:消耗大》

 【聖騎士:防衛聖域ドーム】    :LV49《注意:消耗大》


 特技スキル:

 【貴族:作法】:LV20

 【貴族:教養】:LV33

 【貴族:舞踏】:LV41

 【裁縫】   :LV10 

 【読書】   :LV98 《注意:ロマンス小説の読み過ぎで消耗大のため暴走間近》』



 ん?


 【貴族:作法】とか、【裁縫】とか。

 魔法的なスキルと言うよりは、もっと一般的な「特技」を見る事ができるようになったらしい。


 恐らく【試行】もできるのだろう。

 他人の特技を試してみるのも楽しそうだ。


 特技スキルの中に一つ消耗が進んでいるのがあるな。暴走間近だ。

 しかもLV99カンストに近いぞ……相当に本を読んでいるってことかな?

 だけどロマンスってなんだ?


 よく分からないまま、俺は【読書】をメンテした。


 あとは、職種スキルが全て消耗が進んでいる。

 危ないところだった。

 【聖騎士:聖剣】【聖騎士:癒やしの手】【聖騎士:聖域ドーム】順番にメンテを繰り返す。



「ふっふうぅ……」



 エリゼ様が頬を染めていらっしゃる。

 俺はエリゼ様の耳元に口を寄せ、質問する。



「あ、あの……エリゼ様……【読書】が暴走しかけていましたが……ロマンスって何ですか?」


「えっえええええええっ……ど、どうしてそれを——。

 し、知らない!」



 エリゼ様は、凜々しい顔を赤らめ横に振り必死に否定した。

 地雷だったようだ……。

 俺は失礼しましたと言い、無事にスキルメンテが終わったことを告げた。



「あ、ありがとうございます。

 先ほどのことは内密にお願いします」



 エリゼ様がうろたえていた。

 いつも騎士としてキリッとされている姿から想像できない。



「それでフィーグさん」



 少し落ち着いたエリゼ様が言った。

 そして上目づかいで俺を見る。



「叔父の養子になるという話は……まだお時間が必要でしょうか?」


「大変光栄なことですが……アヤメのこともありますし、もう少し考える時間を頂ければと存じます。難しいようならその、なかったことに——」


「いやいやいや……時間はありますので、大丈夫です。お返事をお待ちしておりますね」



 養子の話は前からちょいちょいエリゼ様から言われている。

 俺に身寄りが無いことを気にされているのだろうか?



「ありがとうございます。でも、どうして養子なんて……?」


「いつもお世話になっておりますし、叔父もフィーグさんを大変気に入っておりますし……何より私と婚約するためには——」


「婚約?」


「い、いえ、なんでもありません——あの、いつでも困ったことがあれば、私を頼っていただいて構いませんのでっ!」


「は、はい、ありがとうございます」



 養子か。

 貴族になってしまうと、色々自由が奪われそうに感じる。

 どうしてもアヤメの学費の問題が残るようなら最後の手段としてアリなのかも知れないけど、今は保留にしよう。



 ☆☆☆☆☆☆



 俺はエリゼ様と一緒に公爵らの元に戻った。

 公爵は「アクファ同盟」の者たちに尋問をしていた。



「お前達……少し前からこの街で何をしていた?」


「な、何のことでしょうか?」


「とぼけるな! 武器防具を買い占め、勇者印の武器防具を売るように脅していたことは知っているぞ?」


「お、脅すなんて……そんな……。ただ、協力を求めただけで」


「それが良くないのだ。お前ら、王都のパーティは王都での権限が強いのかも知れないが、この街は違う!

 冒険者ギルドはともかくそれ以外の店は、お前らは一介の冒険者に過ぎんのだ!」


「う……」


「領地を荒らした者は、いくらランクが高い冒険者だろうと許されんかもしれんぞ?」


「クソっ。ここまでか」



 ギザは、諦めたような表情をして、ぼそっと呪文のような言葉を発した。



 キーン……。



 耳障りな甲高い音が聞こえたと思ったら、ギザの服の胸元がを発し始める。



「なっ何をした?」


「ふっ。お前らの記憶がこれから消えるのだ」


「何っ?」



 ギザの胸元が妙に膨らみ始め、服を突き破り黒く丸いものが姿を現した。

 たまごのような形状だが、表面は黒く禍々しい模様が浮き上がっている。



「これは……そんなバカな……まさか魔導爆弾……!?

 ……ぜ、全員避難!」



 エリゼ様が青い顔をして叫んだ。

 周囲の全員に衝撃が走る。


 エリゼ様は、まるで幽霊を見たような顔でその黒く丸いものを見つめた。

 一歩後ずさるものの、口元をぎりっと噛み、意を決した様子で踏みとどまる。



「何で、何でこんな所にっ!?街中まちなかだぞ、人が大勢いるのだぞ?」



 騒然とする中庭。悲鳴も聞こえ始める。

 そして、俺の頭に再び、幼い女の子の声が聞こえる。



『たすけて——』

『たすけて——』

『しにたくない——』

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