第16話 ランク決め戦闘試験(3)

「スキル【モンク:闘神】起動ッ!!!!!」


「と、闘神……だとっ?」



 スキンヘッド神官が冷や汗をかいている。

 俺は短剣をしまい、素手での戦闘に切り換えた。


 スカッスカッ。


 スキンヘッド神官が振り下ろすメイス戦棍かわす。

 メイスは金属製の棍棒こんぼうで、神官はこの手の武器をよく使う。


 俺がうまく避けられるのはスキルのおかげだろう。



「くっ。コイツ、なんでこんなに躱しやがる?」



 スキンヘッド神官が一歩引いた瞬間、俺は動きの止まった戦棍メイスを掴む。

 次に反対側の拳で、思いっきり神官の頬を殴った。


 ゴッ。


 骨が軋む鈍い音が響く。

 スキンヘッド神官の頬がへこみ、顔が縦に伸びた。


 あ、これはよくない。


 俺は直感的に相手の状況を察した。

 体力や身体能力、そして、どの程度の攻撃に耐えられるのか。

 この一撃を振り切ると顎の骨をはじめ他の骨も砕け脳に損傷を与えてしまう。


 最悪命を落とす。

 背後にいる人間のことを聞き出すためにも殺してはいけない。


 俺は力を僅かに抜き、ギリギリのところで調整した。

 ダメージそのものより、痛みが残るように。



「グッぐはっ……俺が避けられない……だと?

 い……痛え……」



 気のせいか、少し歪んだ顔でスキンヘッド神官が呻いている。

 顔が青ざめている。



「……クソっ。よくも殴りやがったな!」


「続けていきます」


「ヒェッ、卑怯だぞ! 正々堂々と武器には武器で戦え!」


「これは訓練じゃない、戦闘試験だと言ったのはあなただ。卑怯だと言うなとも」


「う、う、うるさいぃぃぃ!」



 青から赤に変わり、スキンヘッドに伝わる汗が光っていた。

 彼の声を無視して、俺はもう一撃、今度は腹を殴ってみた。



「ウグッッぐえッ」



 苦渋の表情。

 神官着の下に鎖かたびらを装備していたが、俺の拳の勢いはあっさり貫通し腹にめり込む。

 拳の先から、神官の内蔵がゆがむのが伝わってくる。


 これ以上はいけない。

 俺は、またもや力の調整をする。



 ガッ……ゴッ……。



 何度もスキンヘッド神官の顔に打ち込んだ。

 俺のこぶしは多少赤くなっている。モンクの硬化スキルほどでもないにせよ、少しの補強があるようだ。

 殴打武器のように敵の体にめり込む。



「グアッ……もうヤメテ……くれ……下さい」



 膝を地面につき倒れる神官。

 俺は一歩引く。



「レッスンを続けてください」



 俺は、よいしょっという感じで、肩を掴みひざまずいていた神官を立たせてあげた。



「なんで……まるで歯が立たない——。

 ……こん……なの……無理だ……はあ、はあ……」



 まともに立っておられず、フラフラしている。

 目を白黒させつつ、口から涎をたらしながら喘ぐ神官。



「あの、レッスンは——」



 バタリ。


 俺の言葉はスキンヘッド神官に届いていなかった。

 白目を剥いて気を失ってしまっている。



 周囲を見渡すと、フレッドさんがポーズをとって地面に寝そべる剣士にアピールしている。筋肉を見せつけている。

 俺の筋肉を見ろとアピールしているように見える。


 剣士の剣がぐにゃぐにゃに曲がっているし、剣士の顔もボコボコになっていた。


 俺の相手をしたスキンヘッド神官よりもひどい。

 多分硬化した拳で殴ったのだろう。滅茶苦茶痛そうだ。


 次にリリアの方を見る。

 こちらも、勝敗は決していた。明らかに、リリアの圧勝だ。


 リリアは、ギザを倒し、その首元に剣の切っ先を突きつけている。



「私の勝ちです。水晶珠を返してください」


「お、お前、本当にリリアか?」


「はい。貴方たちに虐げられてきた、パーティメンバーのリリアです」


「き……綺麗だ」



 唐突な言葉に、リリアは何も答えない。



「今まですまなかった。

 リリアは強いな。それに美しい。

 オレたちのパーティに戻ってくる気はないか? 歓迎する」



 急に猫なで声になったギザ。

 コイツは今さら何を言ってるんだ?



「私に戻れとおっしゃるのですか?」


「そうだ。ご、誤解だったんだ。実力を隠しているとは人が悪い。

 それに、腫れが引いた顔がこんなに綺麗だなんて。

 大切にする。だから、戻って来てくれ」



 ふう、と息をつくリリア。

 その目が冷たい。

 まるで、ゴミを見るような目でギザを睨んだ。



「今まで……今まで私に向けた酷い言葉の数々を、私は忘れません」


「なんだと?」


「私は心からパーティを組みたいと思った方々と出会いました。

 もう、貴方たちのパーティには戻りません!」


「……まさかボンクラのフィーグのことを言っているのか?」



 ボンクラのフィーグ。

 その言葉を聞いた瞬間、リリアの細い眉が動いた。

 彼女の剣を持つ手に力が入る。



「今、何とおっしゃいましたか?」


「何度でも言ってやる、ボンクラ——」


「あっ」



 リリアは、あれ? みたいな感じで声を上げた。


 リリアの持つ剣のきっ先が、キザ剣士の喉にわずかに突き刺さっている。

 少しだけ血がにじむのが見えた。


 あの様子だと、本当に突き刺すつもりはなかったろうが、我慢できなかったのかも知れない。



「ぐっグぇっ。

 すっ、すまない……けほっ……ゆ、許してくれッ!!」


「……すっ、水晶珠を返して下さ……い」



 リリアは焦っていた。

 悪いことをした、というより我を一瞬忘れたことに対し恥じているのかもしれない。

 気まずいのか、ギザから視線を外した。

 しかし、それがよくなかった。



「ぎああ……ああ!」



 視線を外したタイミングで手の力が入ったのか、さっきより深く剣の切っ先がギザの喉に突き刺さっている。


 ギザはかすれた悲鳴を上げると、そのまま気を失ったのだった……。


 リリアは目を逸らして、下手くそな口笛を吹き始めた。

 困ったときの俺の真似してるな。

 まあ、妙な本に書いてあることをするよりマシか。



 完全に気圧された荒くれどもは意識喪失。

 俺たちの完勝だった。



 ******



「これが……水晶珠か」



 俺がギザの荷物から取りだしたのは、リリアが追い求めているものだった。

 水晶珠は半透明のガラス細工のようなもので、細長い菱形の形をしてた。中心が仄かに光っている。


 なぜか、俺のスキルが反応している。だけども、それが何を意味するのか分からなかった。

 リリアに手渡すと、両手でそっと胸に抱えた。



「フィーグさん……ああ、なんてお礼を言ったら良いか」


「ううん、奴らの狙いは俺だったようだし、自分の力だけじゃ勝てなかった。

 俺の方がお礼を言いたいくらいだ」


「私はこの水晶珠を取り戻していただいたことが嬉しくて……。

 私は差し出すものがないので……その、私にできることなら、本当に、なんでもおっしゃってくだされば——」


「だからさ、俺は何も……リリアやフレッドさんの頑張りの結果だよ」



 すかさずフレッドさんが突っ込んでくる。



「あのなフィーグ、そこは素直に『今何でもって言った?』って言うのが正しいぞ」


「フレッドさん、あのですね……」



 くすくすとリリアが可愛らしく笑った。

 それにつられ、俺たちも……周りのギルド職員らもふわっとした心地良い雰囲気になった。



 みんなで和やかに話していると、拘束され首に包帯を巻いたギザが不満を口にする。

 


「けほけほっ……たかだか戦闘試験で、お、俺たちがなぜ拘束されるんだ?

 田舎ギルドマスターのくせに、フレッド、こんなことをして、ど、どうなるか分かっているのか?」



 喉が痛むのか、つっかえつつ言うギザだが迫力がない。

 しかしフレッドさんは涼しい顔をしている。

 そういえばさっき、何かギルド職員から伝言を受けていたようだけど。



 ちょうど、その時。



 ザッザッ。


 足音が聞こえて振り返ると、四十歳くらいの精悍な男性が現れた。

 この人に見覚えがある。



「それについては、私の方から説明しよう。久しぶりだな、フィーグ殿。突然王都からいなくなってびっくりしたよ」


「ディーナ公爵——それにエリゼ様まで」


「こんにちは、フィーグ殿。探しましたぞ?」



 白銀に輝く鎧を纏ったエリゼ様が、少し頬を膨らませて言った。

 女性の騎士でとても凜々しく、国内外で起きる騒乱や事件を解決し活躍されている。

 英雄と彼女を呼ぶ声もある。


 俺は時々、公爵の邸宅に招かれ、騎士エリゼ様のスキルメンテをしていた。

 でもおかしい。王都を去る際、挨拶の手紙は一通り送ったはずだけど届いてないのかな?



「なッ……。ディーナ公爵——それに騎士殿まで……王都の貴族や騎士がどうしてこの街に?」



 一瞬にして、ギザの顔が青ざめた。


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