第2章:アリス

第1話:残された言葉

 アンドレイ=ラプソティは視界がぼやける中、段々と覚醒に至る。はっきりしていく視界を塞ぐように強い茶褐色の肌の色をした男が顔を近づけている。何故に自分はこの男にここまでの目力めぢからをもってして睨まれているのかがわからない。そして、耳もまた、ようやく眼の前の男のがなり声をところどころであるが捉えることになる


「……てめえ、聞いてるのかっ! 俺様はてめえにとって大事な話をしてんだよっ! まずは神聖マケドナルド帝国を滅ぼしてやるっ! 次はレオン=アレクサンダーの息子たちを皆殺しだっ!」


「神聖マケドナルド帝国? レオンの息子?」


 アンドレイ=ラプソティは覚醒しきっていない頭の中で、がなり続ける男の言葉の中に混ざる単語をひとつひとつ結び続ける。強い茶褐色肌の男がアンドレイ=ラプソティを突き飛ばし、ペッ! と地面に唾を吐きつける。そして、言いたいことは言い終えたとばかりに彼の近くに立つ半龍半人ハーフ・ダ・ドラゴン半狐半人ハーフ・ダ・コーンの女性2人が創り出している転移門ワープ・ゲートの中へとさっさと身体全体を入れてしまうのであった。


「ごめんなっ。あたしらの大将はあっちの長さも短ければ、気も短いんよ。でも安心してほしいことがひとつ。あたしらの大将はじわじわとあんたさんを懲らしめたいと思ってるから、すぐにってわけじゃない。そこだけは安心していいぞっ!」


「そうそう。一気にやってしまったら、楽しみが短くてつまらないのじゃ。其方が神聖マケドナルド帝国に戻る道中、散々に邪魔をしてみせるから、その時にまたお会いすることになろうぞ」


 2人の女性はアンドレイ=ラプソティにそう言うと、強い茶褐色の肌の男を負うように転移門ワープ・ゲートをくぐっていく。残されたアンドレイ=ラプソティは怪訝な表情になりつつも、開きっぱなしの転移門ワープ・ゲートの中へと追いかけることはしなかった。


 それよりもアンドレイ=ラプソティは今、一体、自分がどういう状況に置かれているかについて、誰かに教えてもらいたい気分であった。身に着けていた部分鎧だけでなく、その下に着こんでいた天使装束も空気に溶けてしまったかのように無くなってしまっている。自分は今、股間についている立派なお肉棒すらも隠す手段を持っていなかった。


 それゆえにまずはアンドレイ=ラプソティは身体の底から神力ちからを沸き上がらせて、失ってしまっている四肢の先端部分を再生させていく。肘辺りからその先が無くなってしまっていた両腕をまず再生し、次は膝から下の脚部分を再生する。それを終えた後、ようやく自分の裸体を覆い隠すための天使礼服を神力ちからによって構築していく。


 その過程において、白濁としていた意識もはっきりとしていき、ようやくかの男が自分に対して、とんでもない発言をしていたことに気付くことになる。アンドレイ=ラプソティは周りを見渡し、生き残った者が居ないかと探し始めるが、眼に映るのは片翼の天使と天界の騎乗獣のみである。アンドレイ=ラプソティはがっくしと肩を落とし、眼に映ったモノを見なかったことにしようとする。


「今、失礼な態度を取られたのデス。こんなに可愛い女の子が近くに立っているというのに、まるで『男の娘』じゃなかったとでも言いたげな所作をされたのデス!」


「あのぉ……。アリスちゃん? ツッコミ待ちなのでッチュウ?」


「ツッコミを入れているのはボクの方なのデス。ボクはボケ担当ではありまセン」


 アリス=アンジェラのこの言いにコッシロー=ネヅもまた、がっくしと肩を落とす他無かった。アンドレイ=ラプソティは助力を求めているのだが、近くに居るのが仇敵であるアリス=アンジェラとその相方と思わしき天界の騎乗獣しか居ないために、創造主:Y.O.N.N様はなんと無慈悲なのだと彼はそう叫びたいのであろうと思ってしまうコッシロー=ネヅである。


 コッシロー=ネヅはプンスコ怒っているアリス=アンジェラを無視して、アンドレイ=ラプソティにこう語り掛ける。


「自分、名前はコッシロー=ネヅでッチュウ。一応、言っておくでッチュウけど、自分の役目はアンドレイ=ラプソティ様を天界へ連れ戻すことなのでッチュウ」


「ああ、それは言われなくても察しているさ。しかし、あの謎の男がレオンと私が創り上げたモノ全てを破壊すると宣言していったのだ。私はあの男の凶行を止めなければならないのだっ!」


 アンドレイ=ラプソティの言いに、やっぱりそう言うでッチュウよね……としか感想を抱けないコッシロー=ネヅであった。レオン=アレクサンダーの天命うんぬんはこの際、脇においておくとしても、乱入してきたダークエルフの言っていたことは不穏極まりない。神聖マケドナルド帝国を破壊しつくし、さらにはレオン=アレクサンダーの遺児たちを皆殺しにしようとしているのだ、かのダークエルフは。


 悪魔でもそのような無慈悲なことはそうそうしない。殺すくらいなら悪魔の手先として、働いてもらったほうが悪魔としても好都合なのである。天界の住人が『秩序の番人』であるならば、魔界の住人たちは『混沌の尖兵』である。殺しも混沌の一種として考えることは出来るが、どちらかと言えば、淫蕩、怠惰、強欲といった『七つの大罪』を思う存分、地上界のニンゲンたちが享受してほしいと考えているのだ、悪魔の連中は。


 それゆえにあのダークエルフの男を含む3人組は悪魔の連中とはまた別勢力なのだろうとコッシロー=ネヅはそう思うのであった。どの勢力も色々な思惑を持っているが、そのキーマンとなるのはアンドレイ=ラプソティ様であることは間違いないのだろうと思うコッシロー=ネヅである。それゆえにコッシロー=ネヅはアンドレイ=ラプソティ様に問うことになる。


「堕天移行状態から元の姿に戻ってこれたことは僥倖と言えるでッチュウけど、このまま、我輩の背中に乗って、天界に戻るほうが穏便に事をを済ませられるのでッチュウ」


「しかし、私はレオンと共に築いたモノを破壊されたいとは思わない。どうか、私に神力ちからを貸してくれはしないか?」


「それはすなわち、アリスちゃんも同行することになるのでッチュウ。アンドレイ=ラプソティ様はそれでも正気を保てる自信があるのでッチュウ?」


 コッシロー=ネヅの言いにアンドレイ=ラプソティはグヌゥ! と唸りつつ、苦虫を100匹ほど同時に噛み砕いた表情となる。背に腹は変えられぬと言えども、レオンの仇敵であるアリス=アンジェラと共に行動など出来ようはずがない。しかし、未だふらつく身体で、あのダークエルフの男をひとりで追うのも無茶が過ぎた。


「レオン、私はどうしたら良いのだ? 貴方を失った今、貴方との思い出も失ってしまったほうが良いのか!?」


 アンドレイ=ラプソティは今こそ、がさつでありながらも決して憎めない飄々とした態度で、『お前の好きにしろ』とレオン本人に言われたい気分であった……。

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