第10話:ダークエルフ

 コッシロー=ネヅは見た。真っ白な塩と黒いイナゴ、そして兵士たちの遺体から流れ出す血で覆われた大地が剥がれ、それが大空へと舞い上がってくる。コッシロー=ネヅは巨大な魔法陣の作用に巻き込まれないようにと、アリス=アンジェラを背中に乗せて、どんどん上空へと上昇していく。


 バケモノと化したはずのアンドレイ=ラプソティがニンゲンの子供サイズに見えるほどの高さにまで上昇したコッシロー=ネヅは、この地点に留まり、ことの成り行きをじっくりと見守る。汚れた大地の表面が剥がされ、それらが時計回りに回転し始める。地上で動けなくなってしまっているアンドレイ=ラプソティを中心に縦長の螺旋型上昇気流が巻き起こる。


 その気流に逆らい、コッシロー=ネヅがその地点で踏みとどまっていたのだが、10数分もすると、今度は螺旋型下降気流となり、コッシロー=ネヅは今度は地面の方向へ吸い込まれないように踏みとどまることになる。


「いったいぜんたい、何が起こっているのでッチュウ!?」


 コッシロー=ネヅは思わず、そう叫ばずにはいられなかった。地上にいるアンドレイ=ラプソティを中心として直径Ⅰキュロミャートルの魔法陣が展開されていた。この時、コッシロー=ネヅが思ったことは、アリス=アンジェラが言っていたようにアンドレイ=ラプソティ様が『堕天移行状態』であったのだと。そして、それが今、最終段階へと至り、いよいよ、アンドレイ=ラプソティ様が『堕天』しきってしまおうとしているのだと。


「あの魔法陣を創り出しているのは、アンドレイ=ラプソティ様ご自身なのでッチュウ!?」

「いえ、違いマス。魔法陣をよく見てくだサイ、コッシローさん。魔法陣の中を回る三角形の数が増えに増えていマス。3、6、9.12.15.18……。まだまだ増えていマス」


 魔法陣の中に示される紋様は幾何学的であるモノと、絵画的なモノ、文章的なモノの3つに分けられる。悪魔を召喚する際には最終的にこの3つの複合的なモノに変わるが、アリス=アンジェラたちの眼から見る限りにおいて、何かのシステムとしての面が強い幾何学的な魔法陣が描かれていた。


 それゆえにアリス=アンジェラはアンドレイ=ラプソティを中心として展開している魔法陣が、彼自身を悪魔にする類のモノであるとは思えなかった。それよりも、アンドレイ=ラプソティの中の何かを書き換える類であると直感がそう囁いていた。そして、さらに10数分が経過し、魔法陣の中を回る三角形が段々とその数を減らしていく。その三角形の数が減りに減り、ついには魔法陣の中から消えると同時に、バケモノと化していたアンドレイ=ラプソティは断末魔を上げることになる。


 地上から大きな魔法陣が消えた後、アリス=アンジェラたちから見て、ピクリとも動かなくなったアンドレイ=ラプソティに近づく人物たちがいた。遠目から見ても、ひとりはダークエルフであり、その両脇に立つ人物が半龍半人ハーフ・ダ・ドラゴン半狐半人ハーフ・ダ・コーンであった。


 その3人組のひとりであるダークエルフが動かなくなってしまったアンドレイ=ラプソティの割れた腹筋に右手を添えてみせる。するとだ、割れた腹筋が内側から割れて、そこからまばゆい光が溢れ出す。ぱっくりと割れ広がるその腹筋はまるで女性の膣口のようにも見えた。そこから新たな生命が産み落とされるかのように、バケモノと化したアンドレイ=ラプソティの体内から吐き出される存在があった。


「どういうことでッチュウ!? アンドレイ=ラプソティ様の体内からアンドレイ=ラプソティ様が出てきたのでッチュウ!?」


「行きまショウ、コッシローさん。あの方々に事情を説明してもらいまショウ!」


 背中に乗せたアリス=アンジェラがそう言うが、天界の騎乗獣であるコッシロー=ネヅは二の足を踏むことになる。そんなコッシロー=ネヅのタテガミをグイグイと引っ張るアリス=アンジェラであった。コッシロー=ネヅは不承不承ながらも、高度を落とし、3人組へと近づいていく。


 ヒビだらけのボロボロになった大地に降り立ったコッシロー=ネヅの背中からピョンと飛び降りたアリス=アンジェラは駆け足で3人組に向かっていく。だが、3人組のひとりであるダークエルフが右手をアリス=アンジェラの方へと突き出し、静止せよという所作を示す。


「おっと。これ以上、近づくんじゃねえ。これは善意でやったことじゃねえんだ」


 ダークエルフの青年は蒼と紅の刺繍が施された黒を基調とした服を着こんでいた。その詩集模様はそれ自体が魔術の作用を持っているかのようであり、アリス=アンジェラは不可解な気持ちを抱いたままに、足を止めてしまう。


「賢い女だ。俺の身体にはまだ収まりきらない魔力がほとばしっているからな。うかつに俺様に振れたら、骨の髄までしゃぶられるほどに、俺様に惚れちまうぜ!?」


「何を言っているのかわかりませんが、キザな男が気に障ることをのたまっているかのようにしか受け取れまセン」


 アリス=アンジェラはきっぱりとお前なぞに惚れるかっ! と否定してみせる。ダークエルフの青年は額に右手を当ててつつ、タハァ! と大袈裟に天を仰いでみせる。そして、身体全体をアリス=アンジェラの方に向けるや否や、宣戦布告を開始したのであった。


「俺様の名前はダン=クゥガー。本当なら俺様がレオン=アレクサンダーの命を奪い、アンドレイ=ラプソティを失意の底に堕とすはずの者だった。しかし、てめえが現れたせいで、全てが御破算だっ! だから、俺様は決めたぜ……。アンドレイ=ラプソティがさらなる怪物へと変貌できるように手助けしてやるっ!」


「それはいったいぜんたい、どういうことデスカ? 事と次第では、ボクと争うつもりなのデスカ?」


「そうなるかどうかはまだわからねえなぁ!? ちんちくりんのお前が、アンドレイ=ラプソティを救うってんのなら、当然、巻き込まれるだけだってことだっ!!」


 ダークエルフの青年はアリス=アンジェラへの宣戦布告が終わるや否や、両脇に立つ半龍半人ハーフ・ダ・ドラゴン半狐半人ハーフ・ダ・コーン転移門ワープ・ゲートを開けと命ずるのであった。2人の女性はコクリと頷き、その場から少しだけ横へと移動し、それぞれの手に持つ芭蕉扇と、反りの強い長剣ロング・ソードを用いて、転移門ワープ・ゲートの生成をおこない始める。


 その作業を横目で確認しつつ、バケモノの腹から産み出されたアンドレイ=ラプソティに近づき、膝を折るダークエルフの青年であった。そして、そのダークエルフの青年は未だ意識が朦朧としているアンドレイ=ラプソティの顎先を右手でグイッと掴み、無理やりにアンドレイ=ラプソティの視線を自分の黄金こがね色の両目へと位置付ける。


「俺様が誰だかわかるか? アンドレイ=ラプソティ! レオン=アレクサンダーには感謝しているぜ。あいつはあいつらしくもない慈悲で俺様を国から追放したっ! 俺様はお前が愛してやまないレオン=アレクサンダーの全てを壊してやるから、覚悟しろっ!!」

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