第9話:愛とぬくもり

「何故、ボクがコッシローさんに張り飛ばされなければならないのかわかりませんケド? それよりもアンドレイ=ラプソティ様がこうなってしまった原因が他にもあったのデス」


 アリス=アンジェラがそう言うのを受けて、ますます眉間にシワを寄せる他無いコッシロー=ネヅであった。アンドレイ=ラプソティ様がこうなった原因の9割近くをアリス=アンジェラが占めている事実を彼女自身が受け入れることがまず先決であるはずなのに、どうせ他に原因を押し付けようとしているようにしか感じないコッシロー=ネヅであった。


 そして、コッシロー=ネヅの予想通り、アリス=アンジェラは他の要因について語り出したのだ。


「アンドレイ=ラプソティ様の様子が一変する前に、かすかに甘い香りを感じたのデス。鼻腔に突き刺す熟れた果実のように甘いあの香り。あれは幻臭ではなく、確かに存在したのデス。あれは『悪魔の囁き』に違いありまセン!」


「それは本当なのでッチュウ? 僕は上空からアリスちゃんとアンドレイ=ラプソティ様を観察していたから、その甘い香りとやらを感じ取れなかったでッチュウけど」


「本当デス。事実デス。その甘い香りが辺りに漂ったと思った次の瞬間に、アンドレイ=ラプソティ様から黒い呪力ちからが溢れだしたのデス。やっと思い出せまシタ。胸のつっかかりが取れた気分デス!」


 コッシロー=ネヅはもっと他にあるだろっ! とツッコミを入れたくてしょうがなかったが、彼女の言うところの『悪魔の囁き』が実際におこなわれたのであれば、アリス=アンジェラがレオン=アレクサンダーを誅殺したのはただ単にこうなってしまったことの発端になっただけという結論になるのである。


 コッシロー=ネヅはムムム……と唸る。ここでアリス=アンジェラに異論を挟めば『卵が先か、鶏が先か』という堂々巡りの議論になってしまうことは明白であった。それゆえにもうどうにでもなれ~~~精神で、アリス=アンジェラが主張する原因を取り除く方向へと彼女を促すのであった。


「アンドレイ=ラプソティ様の身体から魔素を放つコアを取り除く施術をおこないマス。コッシローさん、アンドレイ=ラプソティ様の肉体をスキャンしてもらえマスカ?」


「我輩が怪物と化したアンドレイ=ラプソティ様をスキャンするのでッチュウ!? 処理能力においてはアリスちゃんのほうが数段上でッチュウよ!?」


 コッシロー=ネヅがアリス=アンジェラを非難するのも当然であった。自分が身に着けている部分鎧は大空を自由に駆け巡るために特化したモノである。敵対する者たちの弱点を探るのであれば、戦闘に特化した天女の羽衣を着込んでいるアリス=アンジェラのほうが適任であるはずなのに、アリス=アンジェラはそれをしようとはしなかったのである。


 当然、コッシロー=ネヅが不平不満を言う。アリス=アンジェラはやれやれと身体の左右に両腕を広げ、さらには首級くびまで左右に振ってみせる。この所作にカチンときたコッシロー=ネヅは精度の低い自分のスキャンで良いなら、やってやろうではないかと息巻くことになる。


「アンドレイ=ラプソティ様の三つある心臓のどれかだと思うのでッチュウ。我輩のスキャンではここまでしかわからないのでッチュウ。さあ、どうするのでッチュウ? 三つある心臓を全てぶっ潰すのでッチュウ!?」


 コッシロー=ネヅは売り言葉を放つが、アリス=アンジェラはそれを真に受けず、バケモノと化しているアンドレイ=ラプソティにスタスタと歩いて近づいていく。そして、何を思ったのか、アンドレイ=ラプソティの左側の腕の一本を手にとり、その先についている手の人差し指の先端を両手で握りしめ、そこに接吻するのであった。


 そうされたアンドレイ=ラプソティはギラギラと焼き付くような視線をアリス=アンジェラに向ける。しかしながら、シャイニング・腹パンによって喰らったダメージは相当に大きく、未だに動けぬ身となっているアンドレイ=ラプソティは彼女の両手が添えられている左手で彼女の頭を鷲掴みすることが出来ないでいた。


 コッシロー=ネヅの心臓はドッキンドッキン! と異様に跳ね上がってしまってしょうがない。アリス=アンジェラのしている行為は明らかに危険すぎた。原因と要因と結果がどうであれ、アンドレイ=ラプソティの憎しみの対象はアリス=アンジェラ本人なのは変わりがない。もし、もう少しでもアンドレイ=ラプソティの身体に自由が与えられていたならば、間違いなくアリス=アンジェラは寄り添っているアンドレイ=ラプソティの大きすぎる左手で鷲掴みにされて、さらにはひき肉にされていてもおかしくないからだ。


「ア、アリスちゃん? そんなアンドレイ=ラプソティ様を挑発する行為はやめたほうが良いでッチュウよ……?」


「これは挑発ではありまセン。ボクの愛と体温をアンドレイ=ラプソティ様の心臓に送っているのデス」


 コッシロー=ネヅはヒクヒクッ! と頬を引きつらせる他無かった。心臓から伸びる血管は左手の指に直結していると言われているが、そうだからと言って、その左手の指に身体を預け、アンドレイ=ラプソティの心臓に愛と熱を送る行為は、はななだ間違っている気がしてならないコッシロー=ネヅであった。アリス=アンジェラがそうしているのは、レオン=アレクサンダーを誅殺してしまったことからの贖罪の気持ちでそうしているわけではないのだ。


 あくまでもアリス=アンジェラは創造主:Y.O.N.N様が天界や地上界に降り注いでいる愛と同じように、アンドレイ=ラプソティに愛という温かい感情を彼の心臓に送り届けようとしているのだ。これがどれほどまでに愚かな行為であることを、アリス=アンジェラはまったくもって理解せずに、そのような行為に及んでいるのである。


 コッシロー=ネヅはアンドレイ=ラプソティ様とアリス=アンジェラに注視せざるをえなくなる。それゆえに、この場に他の人物たちが近づいてきていて、さらには何かの作業をしていることなぞ、まったくもって感知できなかったのも仕方が無いと言えば、仕方が無かった。


 そして、その人物たちが作業を終えて、さらには多大なる魔力を溢れさせた後になって、コッシロー=ネヅは異常も異常なことがこの場で起きようとしていることに気づくことになる。


「アリスちゃん、この場から逃げるのでッチュウ!」


 コッシロー=ネヅはアリス=アンジェラが着こむ天使の羽衣の背中部分を咥えこみ、彼女をその場から退避させる。コッシロー=ネヅは口をもってして、アリス=アンジェラを宙づりにしてしまうが、眼下に広がる異様な光景をまざまざと見せつけられたことで、アリス=アンジェラを避難させたことは間違いではなかったと考えた。


「とんでもないサイズの魔法陣でッチュウ! 周囲Ⅰキュロミャートルを巻き込むつもりなのでッチュウ! アリスちゃんには申し訳ないでっちゅうけど、もっと高度を上げさせてもらうのでッチュウ!!」

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