第8話:シャイニング・腹パン

 シャイニング・ビンタを左頬に思いっ切りぶち込まれたアンドレイ=ラプソティは地面に横倒れになった後、ビクンビクン! と細かく身体を振るわせていた。いくら高さ15ミャートル、全長20ミャートルのバケモノと化した身であったとしても、アリス=アンジェラが放った一撃は相当に重く、なかなか復活できない状況にあった。


 そんな状態にアンドレイ=ラプソティを追い込んだアリス=アンジェラも、次の一手に困ることになる。そもそもとして、アリス=アンジェラがシャイニング・ビンタを放ったのは、アンドレイ=ラプソティが正気を取り戻すきっかけになってほしいと思っての愛の一撃だったのだ。だが、待てど暮らせど、アンドレイ=ラプソティが元のサイズに収縮していく様子も見られない。


「う~~~ん、困りまシタ。シャイニング・腹パンも追加したほうが良いのでしょうか?」


「それはやりすぎな気がするでッチュウ。ビンタであの威力なら、腹パンだと背中の筋肉を突き破って、内蔵が飛び出しそうな気がするのでッチュウ」


「コッシローさんは失礼なのデス。ちゃんと力加減くらいしマス。三日間ほど、紅いおしっこが出る程度の威力で納めるのデス」


 天使もニンゲンたちと同じく、内蔵に深いダメージを負うと内出血により、血の色の小便を噴き出すことになる。背中の筋肉を突き破って内蔵が飛び出すような致命の一撃では無いにしても、それはそれで精神的なショックは計り知れない。コッシロー=ネヅはゾゾゾ……と背中に怖気を感じつつ、もう少し手加減出来ないモノかとアリス=アンジェラに提案する。


 アリス=アンジェラは首級くびを左右に傾げ、やっぱりシャイニング・腹パンが良いだろうという結論に至る。引き絞った右手に神力ちからを集めることで、アリス=アンジェラの右手は光り輝くことになる。コッシロー=ネヅはいたたまれない気持ちになりながらも、アリス=アンジェラを止めることはなかった。


 アリス=アンジェラは横倒れになったアンドレイ=ラプソティに接近していく。そして、スースーハーと呼吸を整え、力いっぱい握り込んだ右の拳をアンドレイ=ラプソティの割れた腹筋にめがけて、メリメリッ! ドコーーーン! という音と共に捻じ込むのであった。


 アンドレイ=ラプソティは口から胃液をまき散らし、6本ある腕で腹を抑え込み、地面の上でのたうち回ることになる。だが、アリス=アンジェラが手加減したシャイニング・腹パンを繰り出したというのに、アンドレイ=ラプソティがバケモノの姿から元の熾天使セラフィムに戻ることは無かった。


「なるほどなのデス。根本的にボクのやり方では『堕天移行状態』を解除出来ないようなのデス」


 アリス=アンジェラが腹を抑えて地面の上でのたうち回るアンドレイ=ラプソティを遠目に見つつ、そう感想を告げる。コッシロー=ネヅはやれやれとばかりに首級くびを左右に振るしかなかった。


(アリスちゃんは頑なに『堕天移行状態』と主張しているけど、とっくの昔に『堕天』し終えてるだけな気がするのでッチュウ……)


 コッシロー=ネヅは事実を受け入れられないアリス=アンジェラにもう諦めたらどうかと言いたくて仕方がない。いくら『天界の十三司徒』と言えども、堕天を終えたならば、それは天界に牙を剥くだけの存在となってしまう。それを討伐するのは天界の住人であれば、誰しもが持っている使命であり、いっそ、アリス=アンジェラがイタズラにアンドレイ=ラプソティを痛めつけるのではなく、トドメの一撃を喰らわせたほうが良いのではないのか? と思ってしまう。


(手加減したシャイニング・腹パンでなく、全力でシャイニング・腹パンをしてもらって良かったのかもしれないのでッチュウ)


 コッシロー=ネヅはどうせなら、もう1度、アリス=アンジェラにシャイニング・腹パンを喰らわせてみてはどうか? と進言するが、アリス=アンジェラは意外なことに首級くびを左右に振り、コッシロー=ネヅの発言を否定するのであった。


「ダメです。ボクのやり方は根本的に間違っているのデス。肉体的な痛みを与えるだけではダメなのデス。アンドレイ=ラプソティが怪物に変わっていくその根本的な原因を取り除かなければなりまセン」


 アリス=アンジェラの発言を受け、コッシロー=ネヅは訝し気な表情でアリス=アンジェラの顔を見ることになる。誰がどう見ても、アンドレイ=ラプソティ様がこうなってしまった根本的な原因を作ったのはアリス=アンジェラなのである。アリス=アンジェラはわざと忘れてしまったのかとさえ思ってしまうコッシロー=ネヅであった。


「あの……。アリスちゃん? つかぬことを聞くでッチュウけど、アンドレイ=ラプソティ様がどうして『堕天』したのかわからないのでッチュウ?」


「え? コッシローさんこと何を言っているのデス? アンドレイ=ラプソティ様は『堕天移行状態』なのデス。そこを間違えてはいけまセン」


「ああ……、それで良いでッチュウ。その『堕天移行状態』にならなければいけなかった原因は何だと推測しているのでッチュウ?」


「アンドレイ=ラプソティ様は30年近くも地上界に留まり続けまシタ。それにより魂の本質がニンゲンたちの世俗に飲み込まれたことにより汚れてしまったと考えていマス」


 そこに関してはコッシロー=ネヅも否定しなかった。それゆえに守護対象であるレオン=アレクサンダーの死によって、多大なる負荷を精神が受けたのは自明の理であるはずであった。しかし、続くアリス=アンジェラの言葉にコッシロー=ネヅはがっくりと首級くびだけでなく両肩も落とすことになる。


「アンドレイ=ラプソティ様は天界よりも地上界に留まりたいと思ったのでショウ。地上界に留まるための理由を失ったために、アンドレイ=ラプソティ様が思い描く未来を奪われてしまったのが原因なのでショウ」


「そこまでわかっていながら、何故、結論が捻じ曲がるのでッチュウ!? 自分はアリスちゃんの脳みそに直接アクセスしたくなってみたくなったでッチュウよ!?」


「それはプライバシーの侵害デス。例え、創造主:Y.O.N.N様の命令であったとしても、ボクは断固拒否させてもらいマス。ヒトは自由意志を持つように、天使にも自由意志は存在するのデス」


 創造主:Y.O.N.Nは天界の住人や地上界に住むニンゲンたちに指令を与えはするが、それをどう受け取るかは個人個人の問題であった。いくら創造主:Y.O.N.Nと言えども、直接的な脳への介入はおこなわないし、そして、その行為自体を創造主:Y.O.N.Nも良しとしないのだ。だからこそ、そういうことをするのは『悪魔』的な行為なのである。


「アンドレイ=ラプソティ様がこうなってしまった原因を理解しま……シタ。コッシローさん、ありがとうございます」


「何がわかったのでッチュウ? これ以上、突拍子もないことを発言するのであれば、そろそろアリスちゃんを張り飛ばすでッチュウよ?」

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