第6話 6
「ルー、起きているか」
ゾランの呼びかけにまどろみから現実へと引き戻される。顔をあげると、ゾランの後ろに心配そうに眉をしかめる青年がいた。
「
「それ、こっちのせりふだよ。もう三日も、うちに顔をみせないから」
シャオウはゾランに押されて、わたしの前に進み出た。シャオウから微かに酒や油の匂いがした。今夜も遅くまで、店で働いていたのだろう。
「お師匠さま、あまりよくないって聞いていたけど」
手にしていた竹の皮の包みを、わたしに渡した。まだ、ほのかに温かい。ちまきの香ばしい匂いがする。
「お、青林飯館の特製ちまきか。店主自らお持ちくださったとは」
「からかわないでくださいよ、うちは酒房に毛がはえた程度のところなんですから」
謙遜して言うけれど、シャオウの実家・青林飯館は素晴らしい料理を供することで名高い店だ。シャオウの一家は料理人も給仕も雇っていたが、家族全員で働いていた。シャオウは料理を父親や料理長から学んでいた。
客筋もいいと、ゾランも師匠も言ったものだ。懇意にしている地元の客が中心で、ごろつきや風体の悪い連中は入れないようになっていた。わたしも青林楼であれば、ゾランの警護なしで安心して歌うことができる。そんな貴重な店なのだ。
ゾランはちまきを一つとると、扉を閉めて厨から出て行った。
「ルーはどうした、って常連さまから聞かれて。もちろん、おれも気がかりだったから。それに……こないだの返事を聞かせてもらいたくて」
シャオウは頬をかすかに染めて、わたしに尋ねた。わたしはうつむいて、体の前で手を握った。
「わ、わたしは何もできないから。歌うことくらいしか。料理も掃除も洗濯も苦手だし、子どもの面倒だって見たことがないわ」
わたしよりも頭一つ分は優に高いところにあるシャオウの息づかいが聞こえる。シャオウは硬く握ったわたしの手を取った。
「おれも、洗濯は苦手だな。だいじょうぶだよ、おれは料理ができるし。店には手伝いの人たちがいる。父も母も、ルーのことが気に入っている。歌声だけじゃない、店を閉めるときには必ず片付けを手伝ってくれることとか、お客様にも店の手伝いの者にも分け隔てなく礼儀正しいこととか、みんな」
シャオウの手が温かくわたしの手を包む。けれどわたしは首を横に振った。
「わたし、シャオウより年上なのよ。歌うたいが酒楼の妻だなんて聞いたこともないわ」
それに、それにと続けるわたしをシャオウは抱き寄せた。
「歌うたいが奥さんなんて素敵じゃないか。聞いたことがないっていうなら、おれたちが一番乗りだ」
シャオウはどこまでも優しく語りかけた。シャオウの父親が一代で築いた楼閣は、つねに妻であるシャオウの母親と二人三脚だったと聞いた。苦労人で働き者、そして初めて歌わせて欲しいと頼みに行ったとき、あきらかに東の者ではない風体のゾランとサーデグが一緒だったわたしを店に招き入れてくれた。
それは、親しい客の中には西の者たちもいるからだと知ったのは後からだったけれど。
偏見がなく、おおらかで懐が深い。使用人たちと一緒に食卓を囲み、ときおり厨房の裏口に来る、
そんな人たちの中で暮らすことなど、出来るだろうか。ずっと根無し草で生きていたわたしに。
「……聞いて、シャオウ。今まで黙っていたことを話すから。わたしが生まれた国のこと。わたしはそこから逃げて来たの。追われて」
え、っと言ってシャオウはわたしを体から離して口を閉ざした。わたしはシャオウを見あげた。
「住んでいたオアシスが襲われて、火事と略奪でめちゃくちゃになっていたときに師匠とゾランに助けてもらったの」
そしてわたしはシャオウに語り始めた。
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