第7話 大失敗

プロジェクトも順調に進んでいたころ、課長も唯との同行以外にも多く役割があり会社を不在にすることも多かった。

課長が不在のときは唯がメインで担当して、課長が助言してくれていた。

アドバイス通り、プロジェクトを通して人脈も築けていたので、急ぎの時は課長の決済なしに周りの確認で仕事を進めるときもあった。

ただ、このとき重大なミスを犯すことに誰も気づかなかった。

その日も課長は営業部と一緒に地方へ出張に行っていた。

唯は納期がない案件を抱えており、その日のうちに決済して発注をかけないと間に合わないことがあった。

課長に電話して「メールで発注書を送るので、直ぐに確認してもらえないでしょうか。」とお願いしたが、課長は打ち合わせの直前だったようで「悪い。もう打ち合わせで半日はかかるから、総務の香に確認してもらってそのまま発注しちゃって。納期が厳しいからちゃんと調整してね。」と急ぎに言って電話を切った。

ここのところ課長は忙しそうで、一緒に出掛けてご飯をたべるどころかまともに話すことも少なくなってきていた。

そのうえ、香に確認しろと言われやはり香さんを信頼しているんだと改めて認識させられた。

暗い気持ちで総務に向かい、香さんの席に向かった。

「香さん、急ぎの発注書があって確認して決済してもらえないでしょうか。」と唯は話かけた。

「山本さんね。あのプロジェクトの件ね。祐樹には確認してもらったの?」

香さんの祐樹という言葉に引っ掛かり、やっぱり名前で呼び合ってると思い更に気持ちが沈んでしまい、しっかり話の意図を確認せず

「課長には先ほどメールで送りましたので、確認してもらってます。」と答えた。

「祐樹が確認して大丈夫ということなら、決済のハンコを押すから発注して。今手が離せないからしっかり確認しないけどいいわね。」と香さんが言った。

近くで見ると香さんは綺麗で物腰も柔らかく、唯との差を改めて目の前にして、だんだん自分がみじめに感じてきたので、一瞬でも早くこの場を離れたくなったので

「問題ないので、決済のハンコお願いします。」と唯は答えてしまっていた。

「分かったわ。はい、ハンコ。山本さん、祐樹の言うう通りとても美人ね。仕事もよくできるって言ってたわ。祐樹のことよろしくね。」と言って発注書を渡してくれた。

唯は香さんの余裕のある態度にカチンときて、そのまま無言で頭を下げて発注書をもらい背を向けた。

発注書を仕入れ先に送るため、急いで自分の席に戻った。

仕入れ先に発注のメールを送りながら、先ほどのやり取りを思い出し、再び唯はイライラした。

私が課長のこと好きなこと知ってて、祐樹のことよろしくね、って言ってるのかしら。

私じゃ香さんの相手にもならないってことが言いたいのかな、あんなに美人で物腰が柔らかい人なのに性格が悪かったとはね。

と心の中で毒づきながらメールを送り、その他の仕事を進めていった。

夜になり発注のメールのことなんか忘れて他の仕事に打ち込んでいた際に、携帯がなった。

着信画面は課長からだった。

唯は嬉しくなって、課長の電話に出た。

「山本、発注書はちゃんと香に確認してもらって修正して送ったよな。」と慌てた声で課長がしゃべっている。

「香さんに確認してもらった後に発注書流して、先ほど仕入れ先から製造に入りました、納期には間に合いますと回答がきています。特に修正はしていないです。」と回答すると、電話口で課長が息を吸うのが聞こえた。

「発注量修正していないのか。10万個で1万個じゃ足りないぞ。電話で納期が厳しいから調整しろと言ったよな。10万個製造するには納期を調整しないと対応できないんだぞ。」と課長が焦った声で言った。

それを聞いた唯は一気に血の気が引いていくのを感じた。

「すみません。修正せずに流しちゃいました。今すぐ仕入れ先と調整します。」

「もう良い。俺が調整する。」と怒った声で言うと、課長は電話を切った。

青ざめている唯と電話の声でただならぬ雰囲気を感じた順が「どうしたんだ。」と急いで寄ってきた。

「発注量間違えて納期が間に合わないかもしれない。どうしよう。課長も怒ってた。」と涙ぐみながら順に言った。

「落ち着け、まず仕入れ先に連絡して納期の再調整をすぐにしよう。」と順が言ってくれた矢先、香さんが慌てて駆け寄ってきた。

「山本さん、ごめんなさい。今祐樹から連絡がきてしっかり確認せず決済するなと怒られたわ。今仕入れ先に連絡しているから、一緒に調整しましょう。」

その後、課長が仕入れ先に話をつけてくれて納期はなんとか間に合うことになった。

香さんは私がしっかり確認しなかったのがいけなかったから、落ち込まないでと言ってくれたが、さらに自分の不甲斐なさを感じることとなり頷くことしかできなかった。

仕入れ先にはお詫びと少しの応援が必要とのことだったので、すぐに順と仕入れ先に向かった。

仕入れ先に着くと、開口一番にご迷惑を無理を言ってすみませんでしたと謝った。

仕入れ先の社長は、「北見課長にはいつも世話になっているからな。こんな時こそ助けてやらないとな。悪いが納期が厳しくて少し手伝ってくれんか。」と笑いながら、唯の肩を叩いた。

その言葉を聞いて唯の眼には涙が溢れた。

課長には信頼してもらって仕事をしてたのに、一気に信頼を失ってしまっただろうと、呆れてプロジェクトから外されたらどうしようと。

決済をもらうとき、香さんへの嫉妬でちゃんと考えずに言葉を発していたことで、多くの人に迷惑をかけてしまったと恥ずかしさと申し訳なさで顔をあげることができなかった。

順が「よし、急いで手伝おう。」と言って唯の背中を押してくれたので、二人で作業場へ向かった。

納期に間に合うよう、二人は黙々と作業を進めて予定していた数のお手伝いが終わり、仕入れ先を後にした。

帰りの車では二人との無言で、会社についたら順が「疲れたから少し休憩してから行こう。」と言ってくれたので、二人で会社の休憩室によってから戻ることにした。

休憩室で順がコーヒーを買って渡してくれた。

「今日は疲れただろう。早く帰って休めよ。俺だってミスは色々してるけど、このプロジェクトが終わるまでに挽回すれば良いと思ってる。お互い頑張ろう。」と言ってくれた。

その言葉に我慢していた涙が一気に溢れてきた。

「ほんとに今日はごめんね。助けてくれてありがとう。私のつまらない嫉妬心でこんなことになっちゃって本当に恥ずかしい。こんなときでも、課長にも嫌われたら嫌だと思う自分が情けないし。」と唯が言うと、順は何も言わず頭に手を置いた。

しばらくそうしていると、足音が近づいてきた。

「山本、そんなところで泣いている暇があったら、仕事で挽回しろ。泣いて済む問題じゃない。」と感情のない冷たい声が休憩室に響いた。

唯は慌てて涙を拭いて立ち上がり、声のする方を見た。

あきらかに怒っているが、今までになく冷めた目でこちらを見ている課長がいた。

順も頭から手を放し、課長に軽く会釈した。

「高岡、今日はありがとう。色んな人から、お前が助けてくれたと聞いている。お前はもう帰っていいぞ。」と課長が順に言うと、順は「お疲れ様でした。」と足早に休憩室を後にした。

残された唯は申し訳なさと恥ずかしさで顔をあげることができずに立ちすくんでいた。

そんな唯を見て課長は「こんな時でも高岡なんだな。泣けば良いわけじゃない。今後泣くんじゃない。仕事で挽回しろ。」と冷たく言い残して立ち去って行った。

唯は課長の冷たい言葉に嫌われた呆れられたと感じ、泣きつくしたはずなのにまた涙が溢れてきた。

ひとしきり泣くと、すっきりしてもう人前では泣かないと心に決めて仕事で挽回しようと思えた。

ただ、課長に冷たい目で見られて嫌われてしまったことについては後悔してもしきれなかった。

いつまでも休憩室にいるわけにもいかないので、涙を拭いて企画部に向かった。

既に時間も遅かったので、企画部に残っている人はほとんどいなかった。

順も既に帰っている。

仕入れ先の社長に改めてお詫びのメールを送り、他のメールも一通り確認したので帰ることにした。

帰りの準備をしながら課長に目を向けるが、パソコンから目を離すことはないので目が合うことがなかった。

小さな声で「お疲れ様でした。」と声を掛けても顔を上げることもなく、もう嫌われてしまったと思うと涙が出てきそうだったので慌ててエレベーターに向かった。

家に着いて、明日からのことを考えると怖くて会社に行きたくないなと思ったが、ここで逃げてはダメだと気合を入れなおし寝ることにした。

明日以降、課長がまた笑いかけてくれる日がくるように仕事を頑張ろうと。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る