第4話 気持ちに気付く

昨日あれだけボロクソに言われたのに、北見課長と過ごした朝の時間が心地良かったので、今日も早く起きて、1本早い電車で会社に向かう。

北見課長と電車で会うことはなかったが、企画部のフロアに着くと既に仕事をしている北見課長の姿が見えた。

「おはようございます。」と唯は声をかけて、続けて「コーヒーいりますか。」と聞いてみる。

「おはよう、昨日あれだけ怒ったから、今朝は来ないかと思った。助言通り、マグカップを持ってきた。猫がついた青色のマグカップが俺のだ。コーヒーよろしく。」

北見課長の返事を聞いて、唯は給湯室へ向かう。

コーヒーを淹れながら、唯は思った。

北見課長は昨日の鬼のような形相ではなく、口調も優しかった。

おまけに猫のマグカップなんて可愛すぎて、ギャップに心がくすぐられた。

「コーヒーどうぞ。」

「ありがとう。」と言ってパソコンを見ながら手を伸ばした課長の手と唯の手が一瞬触れ合う。

唯は課長の手が触れた瞬間、体中が熱くなった。

課長はどう思ったのか、一瞬顔を上げてすぐ、パソコンに目を戻す。

そして何事もなかったかのように仕事を続けている。

何で手が触れ合っただけで、体中が熱くなったのか不思議だったが唯も席に向かいメールチェックをはじめた。

そして昨日と同じ心地良い空間で朝の時間を過ごす。

朝の時間は最高なのに、それ以降の時間については昨日に引き続き地獄の時間が続いた。

ただ、昨日と違うところは昨日は怒られて委縮してしまっていたが、今日は何故怒られているのか冷静に考えることができた。

北見課長の口調は厳しいが指摘は的確で時間が経つにつれて、すごい人なのかもしれないと尊敬するようになってきた。

元々かっこいいが更にかっこよく見えてくるのが不思議である。

こんな毎日がしばらく続いた。

朝コーヒーを淹れて、時々手が触れ合う。

その度に唯はドキドキしていた。

毎日変わらない心地良い朝の時間と地獄のような時間を交互に過ごすこと数週間。

朝課長と二人で過ごす時間は唯にとって楽しみな時間であり、幸せな時間になっている。

朝の時間があるし、地獄のような時間も耐えられた。

ただ、やはり精神的疲労が蓄積しているようで疲れ切った私を見て順が声をかけてきた。

「唯、今日はこの辺にしてパーッと飲みに行こうぜ。」

「そうだね、キリがついてるから今日は飲みに行こう。」

急いで帰る準備をしていると、じっと北見課長がこっちを見ている。

唯は不思議に思ったが、「お疲れ様でした。」と控えめに声をかけて急いで順の後を追う。

企画部を出たところで順が「美幸も誘って行こうぜ。」と声をかけてきた。

唯はニヤニヤしながら「愛しの美幸ちゃんを誘ってくるね~~」と言いながら美幸の元に駆け寄った。

唯の見立てでは、順は美幸にぞっこんだ。

美幸は全く気付いていないので順が不憫だが、二人はお似合いだと思っている。

唯はことあるごとに順のお膳立てをしてあげている。

今日も声をかけられた時点で、美幸を誘おうと言うに決まっていると思っていた。

3人で行きつけの居酒屋に向かい、いつも通り生ビールを注文して乾杯して一気に飲み干す。

早々に美幸が「唯、なんだか新しい課長にいじめられてるってみんな噂してるよ。大丈夫?」

「いじめられてるってことになってるの?そんなこと全然なくて、今まで矢坂課長に甘えて仕事してたツケが回ってきているのよ。北見課長の言うことは的確だし、尊敬に値するレベルね。私なんかに指導してくれて、本当なら指導料ぐらい払わなきゃ。だから、指導料の代わりに毎朝コーヒーを淹れさせて頂いているのよ。」

良い感じで酔っ払っていた唯は自慢げに朝の時間のことをしゃべりはじめた。

「毎朝コーヒーってどういうことだ?だからここ数週間朝早く来てるのか。北見課長にコーヒーを淹れるためなんて、健気な唯ちゃんだこと。」と順がつっこんできた。

疲れた体に一気にビールが入ってきて気分が良かったので、2人に全て聞いて欲しいと思い話を続ける。

「朝静かで誰もいないときに二人でコーヒーを飲みながら、パソコンのキーボードを打つ音を聞くのが最高にいいのよ。コーヒーを淹れて渡しに行ったときに北見課長が言う、ありがとう、が最高にかっこいいし。北見課長を独り占めできるし、この時間があるから地獄のような時間も耐えられの。」

「しかも時々、手が触れ合うのよ。課長の手は指が長くてセクシーなんだよね。」

だいぶ良いが回ってきている唯は一気にまくしたてた。

「あれれ、唯ちゃん幸せそうな顔してる。さては、北見課長のこと好きになったなー。」と言う美幸に合わせて、順も

「北見課長が大好きでーす、って顔に書いてあるぞ。普通、あれだけボロクソ言われて好きになるか。お前ある意味凄いな。」

二人に言われた言葉に唯は、はっとした。

まさか私が北見課長を好き!?!?そんなことは、、、あるかもしれないと唯は思った。

そもそもあれだけ朝が弱かったのに毎朝欠かさず早起きできてるし、どれだけボロクソに言われても朝一緒にいたいし。

手が触れ合うとドキドキするし、もっと触りたいと思うし。

「唯、認めた方が楽になる。北見課長には香さんという強敵がいるが頑張れ。」と順が聞きたくないことを言ってくる。

順の言う通り、北見課長を独り占めできていると思っているが、それは朝の30分だけだった。

本当に独占しているのは香さんだという事実を改めて言われると、楽しかった気持ちがすっと冷めて、今すぐ帰りたくなった。

「順と美幸、やっぱり疲れが溜まっているから先に帰るね。」

「唯、俺は香さんじゃなくて唯を応援してるからな。」と追い打ちをかけるように順の言葉が突き刺さる。

「ちょっと、順酔いすぎだよ。」と美幸がフォローしてくれるが、それすらも聞きたくなくてお金を置いて店を後にした。

帰りの電車の中で、初日に見た北見課長と香さんのやり取りを思い出して、やはり二人は付き合ってるんだと思うと涙がにじんだ。

電車の中で泣く痛い女なのは分かっているが、北見課長を好きだと認識した今あまりにも辛い現実だった。

幸いにもこの気持ちい気付いているのは順と美幸だけだから、北見課長が好きな気持ちはとりあえず気付いていないということにしようと思った。

ただ、好きになったのをやめるのではなく、みっともない姿をさらさないように気持ちがばれないようにするだけだ。

北見課長には香さんがいても、唯が課長に会いたいから明日も会うために朝は早く行こうと心に決めた。

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