第3話 最高の始まりが地獄への道
次の日もけたたましい目覚まし時計の音で目が覚める。
昨日の出来事を反省して、目覚まし時計の音量をMAXにしていた。
おかげで寝坊することはなく、昨日の失敗を繰り返すまいと、念入りに準備を確認して家を出出発できた。
北見課長と鉢合わせになるのは避けたかったので、いつもより1本早い電車に乗ることにした。
「まさか北見課長も早い電車に乗っていないわよね。」
会社のある駅まで周りをキョロキョロしながら乗っている。
はたから見ると相当怪しい人に違いなかった。
結局、1本早い電車に乗ったことが功を奏したのか、電車が到着するまで北見課長と遭遇することはなかった。
「なんだ、北見課長と遭遇しちゃうんじゃないかとびくびくしてたけど、これじゃあビビり損ね。」と一人笑いながら会社へ向かう。
1本早い電車に乗ってきたので、美幸とも順とも会わず、他の人も出社していないのでまだ静かな企画部のフロアに入って行く。
いつも通りコーヒーを淹れてデスクに向かおうとしたところ、、唯は1本早い電車に乗ってきたことを後悔した。
ばちりと目があったのは、あれだけ会うのを警戒していた北見課長だった。
既に出社して、仕事をしている様子だ。
「おはよう。君の名前はなんて言うんだ。」と北見課長が話かけてきた。
「山本唯と言います。」と消え入りそうな声で返事をする。
「コーヒーのいい匂いがするな。」と北見課長は呟く。
昨日のことを言われると思って身構えていたが、想定外の呟きだったので
「課長のコーヒーも淹れましょうか。会社のコーヒーなので。」と唯は反射的に答えていた。
言ってしまっては後の祭り、言ったことは撤回できないので顔を伏せて北見課長の回答を待つ。
「せっかくだから、もらおうか。」と北見課長が返事をくれた。
「分かりました、すぐに入れますのでお待ちください。」と言って唯は給湯室へ向かう。
目があったし、顔も見られたのに昨日のことを言われなかったということは、北見課長はあのファスナー全開女が私だったと気付いていないようだ。
あんなにびくびくしてた自分がばかみたいと安心した唯は鼻歌を歌いながらコーヒーを淹れる。
「北見課長、どうぞ。」とコーヒーをデスクの上に置いた。
「今日は会社のマグカップで入れてますが、みんな自分のマグカップを持ってきています。よろしければ課長もご自分のマグカップをお持ちになって下さい。」
「分かった。ありがとう。」と北見課長は言って一瞬顔を上げたが、すぐ視線はパソコンに戻った。
唯も自分の席に行き、いつも通りメールのチェックを始めた。
早朝の心地良い日差しと二人のパソコンのキーボードの音がフロアに響いて、いつもとは違った心地良い環境で朝の時間を過ごしている。
そんな時間もあっという間に過ぎ、ぞくぞくとみんな出勤し始める。
「唯、おはよう。遅刻ぎりぎり常習犯なのに、珍しく朝早いな。」と順が話かけてきた。
「おはよう、順。私は心を入れ替えたからこれからは朝早く来ることにしたの。」
順とたわいもない話をしていると、始業を告げるチャイムが鳴った。
唯は朝早くきたので、頭が冴えわたっていて今日はなんだか仕事が捗る気がして、やる気がみなぎっていた。
そんな気持ちはあっという間に砕かれて、数時間後には地獄の底に落ちることとなる。
とうとう課長から名前を呼ばれたのだ。
「山本、ちょっといいか」
「はい、課長なんでしょうか。」
「この資料を作ったのはおまえか。」
「そうですが、何か手違いがありましたでしょうか。」
「手違いもなにもなんだこの資料は。何年この仕事をしているんだ。」
「7年目です。」
課長は大きくため息をつくと
「この資料ではどのターゲット層を狙い、どのぐらいの拡販効果が予想できるか読み取れない。よくこんなことで仕事が今までできたな。」
とにかく午前中は北見課長に呼ばれてボロクソに言われて、身も心もボロボロになったところでランチタイムになった。
順が近づいてきて「唯、午前中はご苦労だった。何も言わないがよく耐えた。」
美幸も近づいてきて「唯、酷い顔してるけどなんかあった?」と声をかけくれる。
「みなまで言わせるでない。」と唯はおどけて言ってみるが、これが限界だった。
ランチタイム中も午後のことを考えると、いつもおいしいはずのランチも味気なく感じてしまう。
このままランチタイムが続けば良いと思っても、無情にも午後の始業を告げるチャイムが鳴る。
午後からも地獄の時間がだった。
とにかく午後もダメ出しの時間が続き、矢坂課長の優しさに甘えて仕事をしていた自分を呪ってやりたかった。
あっという間に時間は過ぎて、終電間際になっていた。
フロアに残っているのは北見課長と企画部の数人。
「お疲れ様でした。」と一声かけて、ちらっと北見課長を見たが一瞬顔を上げて
「お疲れ。」と言ってすぐ仕事に戻った。
ボロクソに言われたからか、課長を見ると一発殴ってやりたい気持ちになったが、無駄な思考だと気付き、それ以上考えることはなく、家路についた。
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