第2話 再会

会社に着くと同期の美幸がエレベーターを待っているのが見えた。

駆け寄って今朝あった恥ずかしい話をする。

「美幸、聞いてよ。新年度なのに朝から最悪なことが起きてさ。超絶イケメンが電車で隣に立ったから、見とれてたらスカートのファスナーが開いていること指摘されたのよ。恥ずかしく恥ずかしくて。お礼も言えず立ち去っちゃった。」

「唯は仕事ができるのにどこか抜けてるよね。容姿端麗で絶世の美女様と言われてるのに、ファッションに無頓着だし。ほんと面白いよね。」

「私が絶世の美女だったら、美幸は絶世の女神様だわ。」

お互い褒め合ったとことで、エレベーターが到着した。

ドアが閉まる前に慌てて人が乗り込んできた。

同期で同じ企画部に所属する高岡順だ。

「あっぶねーぎりぎりセーフ。唯と美幸おはよう。」

「おはよう、順。危ないから扉が閉まるぎりぎりのところで入ってこないでよ。」

「そんな厳しいこと言うなよ。それより唯、今日は新しい課長が来る日だぞ。どんな課長か楽しみだな。」

「矢坂課長みたいに優しい人だといいね。」

新しい課長の話で盛り上がっていると、降りるフロアに到着した。

美幸は総務なので、ここでお別れ。

私と順は企画部のフロアーに向かう。

「順はコーヒーいる?」

「ありがとう、俺のも淹れて。」

始業前にコーヒーを飲みながらメールチェックするのが習慣。

メールチェックボタンを押すとうんざりする量が届いた。

処理する優先度を決めながらメールを確認しているとあっという間に始業時間になっていた。

新しい課長が挨拶する声が耳に入ったので、顔をあげた。

「?!?!?!?!?」

私の視界に入っているのは、まぎれもなく今朝私のファスナー全開を指摘してくれた、あのイケメンだった。

とっさに顔伏せた。

ドキドキする自分の心臓の音とと課長が挨拶する声が耳に入る。

「今日からここでお世話になる北見祐樹です。私は無駄なことが嫌いなので、挨拶も手短にします。これからよろしく。みなさんの働きに期待します。以上。」

挨拶を終えてぱんっと手をたたくと、みんな仕事にとりかかった。

私は北見課長の方へそっと顔を上げてみてみたが、こちらを見ることもなく自分の席に向かっている。

今朝の出来事を覚えているかと不安だった。

午前中は上の空で仕事をしていたので、予定していた半分の仕事も終わらなかった。

午前の終業を告げるチャイムが鳴り、一斉にみんな食堂へ向かう。

課長が席を立つのを確認してから、私も席を立った。

「唯、全然仕事がはかどってなかったけど、どうしたんだ。まさか、北見課長がイケメン過ぎて見とれてたのか。」

と笑いながら順が話しかけてきた。

「順、冗談でもそんなこと言わないで。私にとって北見課長は触れてはいけない存在なの。私のことを知られては困るの。」

と言い、今朝あったことを順に話した。

「唯はほんと面白いな。見た目はクールビューティーなのに、中身はただのマヌケだな。」

と涙を流しながら順が笑っている。

「マヌケとは失礼な。私にとっては死活問題なのに泣いて笑うなんて血も涙もないやつめ。私の味方は美幸だけよー。」

とちょうど美幸がやってきたので抱き着いた。

「なになに、また二人は喧嘩してるの。ほんとに仲が良いわね。早く食堂に行かないと席がなくなるよ。」

3人は揃って食堂に向かって歩き始めた。

「美幸、新しい課長がとんでもない人だったの!詳しくはランチ食べながら話すわ。」

「美幸聞いて驚くなよ、唯の弱みを握っている人が新しい課長だったんだよ。」

と順が笑いながら美幸に話している。

「分かったから、詳しくはランチを食べながら聞くわ。早く選びましょ。」

私と美幸はA定食、順はこれでもかと大盛に盛られたカレーライスを手に持ち空いている席に座った。

「美幸、聞いて。今朝のイケメンファスナーが新しい課長だったのよ。」

「イケメンファスナーってすごいあだ名ね。気付かれたの?」

「それが午前中はとにかく身を隠して仕事をしてたから、課長が気付いているのかわからないのよ。」

「美幸、唯の午前中は面白かったぞ。課長が動くたびに身を小さくして、何やってんだこいつって感じだったんだよ。」

「順にも今朝の話したの?」

「順にもさっき話したの。順は私と同じ部署だから課長から私を守ってよね。」

北見課長の話で盛り上がりながら、ランチを食べた。

「それにしても北見課長の挨拶からすると、結構厳しい人かもしれないな。今までの矢坂課長のやり方でいくと通用しないかもな。」と順が呟く。

唯も朝の挨拶を聞いて同じことを感じていた。

気を引き締めて対応しないと、他部署へ異動を命じられそうだ。

あっという間に昼休憩も終わり恐怖の午後が始まった。

その日の午後は午前中とは比較にならないほどの地獄だった。

北見課長の怒号が飛ばない時間はない程、みんなダメ出しをされている。

私もいつ名前を呼ばれるか、いつばれてしまうかびくびくしながら仕事を進めていたが、ついに終業を告げるチャイムが鳴った。

午前中は上の空で、午後からはびくびくしながら仕事をしていたので全く捗っていない。

このまま残業に突入するしかなかったが、今度は北見課長がそのまま席にいるのかが気になってしょうがない。

ばれないようにちらちら確認するが、一向に席を立つ気配がない。

このまま残業も怯えながらやるしかないと覚悟を決めた時、総務部の香さんがやってきて

「祐樹、各部長が待ってるから早く準備して。」

「おい、まだみんな残ってるのに下の名前で呼ぶんじゃない。」

「ごめんなさい、いつもの癖で。とにかくみんな待ってるから早く準備して。」

みんな仕事をしているふりをしているが、手が止まっているので、二人のやり取りをしっかり聞いているのが良くわかる。

「わかった。すぐに行くから下で待ってろ。」

北見課長は香さんに告げると、急いで準備をして部屋を出て行った。

北見課長の姿が見えなくなった途端、みんなの緊張が一気に緩み、今のやり取りはなんだったのかで盛り上がり始めた。

「祐樹って下の名前で親しげに呼んでたし、いつもの癖でって言ってたけど二人の関係はなんだろう。」と順も興味深々で話に交じっている。

企画部の先輩が

「あの二人は同期で、北見先輩が海外に出向になる前はすごく仲が良かったらしいよ。もしかして付き合ってるのかもしれないね。」

「あの二人なら美男美女でお似合いですね。」と順が相槌を打った。

確かにあの二人が話をしている時は、とても絵になっていると唯も思っていたので

「北見課長はイケメンすぎるってみんが騒いでたから、この話を聞いたら残念がる人が多いかもね。」と話に参加した。

一通りみんなで盛り上がったところで、今日全く捗ることのなかった仕事にとりかかった。

みんなも仕事が進んでいなっかたのか、すぐに静かになってパソコンのキーボードを打つ音がフロアに響き渡っている。

一人二人と帰っていき、唯もきりがついたので帰る準備を始めた。

「唯、帰るのか。俺も終わったから一緒に帰ろう。」と順が声をかけて、帰りの準備をしている。

「そうね。今日はこの辺にしとくから、一緒に帰ろう。」と言って二人は部屋を一緒に出て行った。

エレベーターから降りて出口に向かう途中で、北見課長と香さんが談笑しながら戻ってきた姿が見える。

慌てて顔を伏せたが、一瞬北見課長と目が合った気がした。

「唯、早く行くぞ。1本でも早い電車に乗って帰らないと、明日の仕事に響くぞ。」と順が声をかけて会社の出口に向かっている。

唯は慌ててその後を追いかけたが、北見課長が気になってそっと後ろを振り返ったが、既に北見課長と香さんはエレベーターに乗っていて姿はなかった。

駅に向かう途中で、順が「さっき北見課長とすれ違った時、唯のことすごく見ていた気がするけど、今朝のことばれてないか。」

「私も目があった気がしたけど、すぐに香さんと話してたから気のせいかなと思って。」

「そうだといいな。それにしても北見課長はやっぱり厳しい人だったな。俺なんか何回ダメ出しされたことか。今日はゆっくり寝て明日に備えるわ。じゃあな。」

と言って順は唯とは反対のホームに向かって行った。

「今日はお互い疲れたね。お疲れ様。また明日。」と言って唯も自分の帰り道の方へ足を向けた。

帰りの電車の中で唯は今日の出来事を思い返してみた。

朝からファスナー全開を目撃され、会社で再開するとは。

その日は課長と接触の機会はなく過ごせたが、明日以降はとにかく目立たないように、課長とすれ違わないように細心の注意を払って行動しよう。

気を張って一日を過ごしたので、一日が終わるころにはぐったりと疲れてしまっていたので、帰りの電車では隣のおじさの肩に頭を任せて眠ってしまった。

おじさんの咳払いで目が覚め、慌てて姿勢を正す。

朝からとんでもない一日だった。

気付いたときには家がある駅だったので、急いで電車から降りて家へ向かう。

昨日と同じく倒れ込むようにベットに入る。

北見課長に今朝の出来事は私と気付かれないように祈りながら、眠りについた。

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