第壱章 都市探索編

第11話 荒脛巾(アラハバキ)皇国(おうこく)第参皇児(だいさんおうじ)

 異世界二日目。郡山青年は、大皇おおきみから渡された地図に従い、【二本橋】に到着した。

 時刻は、午前9時30分頃。【神代古書店街】の宿屋を出たのが、午前9時前後。

 道に迷う可能性を鑑み、少し早めに宿屋を出発したが、表の世界と道は殆ど変わらなかったので、道に迷うことはなかった。


 【二本橋】は、運河に二本の橋が架かっている場所だが、これもおそらく、表世界の『日本橋』と対になっているのであろう。


 しかし、待ち合わせ場所には、既に先客がいた。黒髪長髪、痩身にして長身、年齢は三十歳みそじ過ぎぐらいだが、眼光の鋭い巨漢であり、ロシア帝国末期の怪僧ラスプーチンを思わせるような容貌である。

 彼は、橋の欄干にもたれ掛かって本を読んでいるのだが、それはどう見ても昨日納品した「量子力學・壱」の古書に他ならない。


 大皇おおきみは、「明日、国内を案内する者」が、昨日納品した「量子力學・壱」の古書に、「強い興味を持つだろう」と言っていたから、おそらく彼が当人に間違いないであろう。


 ただ、大皇おおきみからは、最初に話し掛ける時は、念の為、符丁を使ってほしいと事前に言われている。この符丁は、合い言葉の類であるのだが、まるで暗号の如く、どう見ても単体では意味を成さない言葉である。


「欄干、カラカラ、カンカン?」


「ランタン、タラタラ、タンタン。ということは君が?」


「郡山俊英。本日は宜しく御願い致します。」


「私は、常井参狼つねいさぶろう。その名の通り、荒脛巾アラハバキ皇国おうこく第参皇児だいさんおうじだ。」


第参皇児だいさんおうじ?」


「昨日は、行政府を訪れたのだろう?兄者達とは会わなかったのか?」


「昨日屋敷で会ったのは、大皇おおきみ大臣おおおみ大連おおむらじの3人だけですが。」


「それだ。大臣おおおみ神月太陽かみつきたいようは、荒脛巾アラハバキ皇国おうこく第壱皇児だいいちおうじ大連おおむらじ霧崎大洋きりさきたいようは、荒脛巾アラハバキ皇国おうこく第弐皇児だいにおうじだ。ちなみに、『おうじ』は、皇帝の皇に、児童の児だ。『王子』とか『皇子』と書くと、表大和おもてやまとと紛らわしいからな。まあ、大皇おおきみの子供と言うよりは、複製クローンの方が近いが。皇籍にあるといっても、大皇おおきみが不老不死に近いから、実質、皇籍離脱してるようなものだ。」


「でも、一応は世襲制であると?」


「基本的には、三頭政治だから、私の出番は殆どない。一応政治士の資格は有しているが、研究している方が性に合っているしな。」


 三頭政治というのは、古代ローマみたいだな。


「政治士?」


「この国では、行政に携わる者は資格が必要なのだ。取得には、難関の資格試験を突破する必要がある。皇族とて例外ではない。世襲制で腐敗した王朝など、枚挙に暇がない。芸人や運動選手が人気だけで行政に携わることも、この国では有り得ない。」


 科挙みたいな実力主義というわけか。


「ところで、親父に貰ったこの『量子力學・壱』だが、これは君が表大和おもてやまとから持ってきたのだろう?大変興味深い。『量子力學・弐』はないのかね?」


「今は手元にありません。元の世界に戻れれば……。」


「その時は是非持ってきてくれ。」


 それだけ言うと、読書に戻ってしまった。専門書なのに、まるで、漫画を読んでいるかのよう。あれ?これから出発するんじゃないのか?というと、この案内人は、


「昨日からここでこうして読んでいるのだが、今いいところなのだ。

待ち合わせの時間は10時だろう?あと30分もあるぞ。早く来過ぎじゃないか?」


 遅刻ではなく、早く来過ぎて怒られるとは理不尽な。というか、昨日から橋の欄干にもたれ掛かって本を読んでいるのか?この案内人は、とんでもない本の虫だ、と呆れていると、


「しかし、まぁ……客人を待たせるのも失礼か。

それでは早速、【罅谷】に行くとしようか。」


 【罅谷】。おそらく、その場所は、表世界の『日比谷』と対になっているのであろうか。そこには、何が待ち受けているのであろうか……。

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