雨の幽霊

第2話 雨声会

　今日の空模様は昨日と変わらない。

　雨の匂いがする。水気を吸い込んだ地面は生温い温度を出している。

　昨日の約束が伝えられていれば、今日は久しぶりのデートのはずだ。彼に会えた嬉しさのあまり、明日また会おう、と言って走り出してしまった。もっと彼と話すことがあったはずなのに。

　そんなことを思い出して後悔する。かなり強引に約束してしまったように思う。

　後悔しながら、いつも通りあの橋に向かう。そんな気持ちに反して、水を含む靴がピシャピシャと楽しい音を立てている。

　彼は来てくれるだろうか。

　そんな期待を抱きながら橋の真ん中辺りで彼を待つ。

　すると、馴染みのある声が後ろから聞こえた。

「お待たせ」

　傘は円を描き、雫を落としながら振り返る。

　彼の優しい声と顔がそこにあった。そのことに安堵する。よかった、彼はいつも私の気持ちを汲み取ってくれる。

「行こう」

　優しい顔の彼はこの雨のようだ。

　二人で傘を並べてゆっくりと足を進める。

　しばらく歩くと、いい考えが思いついた。それを彼に伝えたくて、急ぐように胸が高鳴る。少しだけ雨の音が強くなる。

「昔ね、文学者達が宴会した時の名前を『雨声会（うせいかい）』っていったらしいの。雨声会の『雨声』っていうのは、雨の音の事をいうみたい」

　彼の顔が気になって傘越しに覗く。彼はいつも真剣に聞いてくれる。

「でもね、雨声会って後からついた名前らしいの。だから日本で初めて雨声会するのは私達だね」

　自分でもとてもいい考えだと思った。毎日雨声会があればいいな。

「宴会ではないけどね」

　たしかにそうだ。私は可笑しくて笑う。彼は私が笑ったのを見て、一緒に笑った。優しい笑顔だ。少し会えなかった期間のせいで、その笑顔が何故かとても懐かしく感じた。

　このなんでもない時間が大好きだ。

　雨の音があの時のカフェのように、2人を優しく包みこむ。

「懐かしいね」

　そんな言葉が、口から出ていた。彼が、

「そうだね」

　そう言ってくれるので、嬉しくて笑った。彼も笑ってくれる。

　この雨のように、優しく包むような顔だ。

　そこからは心地よい沈黙が続いて、雨が少し大降りになってから別れた。