第5話 残響

 日曜日の昼下がり、外で急にザアザアと音がなり始めた。

 部屋の時計は2時を指している。

 なんとなく、胸がざわつく。今、何故か外に出ないといけない気がした。

 靴を履いて、いつもよりも少し早めに散歩に出ることにした。


 いつものルートを足早に歩く。橋が近づいてくる。



 すると彼女はそこにいた。

 僕の嫌な予感は当たったようだった。


 彼女はそこにいるのが当たり前のように微笑んで立っていた。

「夕立かな」

「どこかで雨宿りしよう」


 そう言って僕達は、橋を渡った先、少し奥まったところにある喫茶店へ入った。

 ドアを開けるとドアベルの懐かしい音が鳴る。店内へ入ると木特有の懐かしい匂いがした。

 壁側のテーブル席へ座る。店長が注文を聞きにきた。僕はコーヒー、彼女はいつものようにカフェラテを頼んだ。



 彼女は傘を椅子に立て掛ける。その傘は僕と彼女が出会った頃から使っている物のようだった。

 彼女の方に目線を移すと、緊張した面持ちで下を向いていた。

 そのままの姿勢で少し上目でこちらを伺って言った。

「ここへ来るの久しぶりだね」

 僕は軽く頷く。彼女は、ずっと気になってたんだけど、と言って続けた。

「私がいなかった時、きみは何してた?」

 彼女は自分の緊張を解すように柔らかく言う。僕は少し考えた後、こう言った。

「いつもと変わらないよ、でも君がいないと雨ばかり気にする」

 冗談を言ったつもりだった。


 コーヒーとカフェラテが届く。いい香りが僕達を包み込む。

 店内は静かで、彼女の息を吸う音が聞こえた。


「雨が降るのはこれが最後かも」


 そう言って、いたずらに笑った。

 冗談? だろうか。僕の疑問に応えてくれるはずも無く、コップの中の飲み物は沈黙を守る。



 僕は今度こそ君がどこかへ消えてしまう気がした。そう思うとそれしか頭の中に残らずに、不安が体中を巡る。

 気持ちが先走って言ってしまった。

「いかないで」

 口からこぼれ落ちるように出てしまったそれは、彼女を困らせてしまうに違いないと後悔する。

 そんな言葉が僕の口から出てきたことに、彼女はやはり驚いた顔をした。

 自分でもなんて言ったらいいか分からず、口を噤む。


 コーヒーの香りがこの間を埋めるように漂う。



「天気予報を見たの」

 彼女は悲しいような、優しいような、いつもの君らしい顔を僕に向けて、そう呟いた。

 そんなことを言わせてしまった僕は、彼女を不安にさせたくない一心で、

「ごめん、大丈夫、分かってるよ」

 そう言って微笑んだ。その顔が上手く笑えていたか分からない。

 でも彼女の綻んだ顔を見て少し安心した。

 彼女はそのまま、もう出よう、と言った。



 コーヒーとカフェラテを飲み終えて席を立つ。

 ドアをカラリと鳴らして外へ出ると、雲の隙間から光が漏れ出ていた。地面の水溜りが光を反射させている。落ちた雨粒がこの街をきらきらと輝かせていた。




 気がつけば彼女は居なくなっていた。




 振り向くと彼女のお気に入りの傘だけがそこに立て掛けてあり、彼女が居たという事実だけがそこにあった。


 さっきの通り雨は涙雨なみだあめだったのかもしれない。

 湿った雨上がりの匂いが鼻をすり抜ける。





 なんとなく、夏の匂いがした気がした。


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