第2話 昨日の湿り気
翌朝目を覚ますと、しとしとと昨日の雨がまだ降り続いていた。
雨の日というだけでなんだか身体が重い。
その重たい身体をなんとか動かして家を出た。
家に帰り、いつものように散歩に行く準備をする。今日も雨が降っているようなので、さっき玄関に置いた傘を持って行く。ついさっき置いたはずの傘は、水溜りを広げていた。
昨日のことが頭から離れない。
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昨日。
彼女は今までの空いた時間が無かったかのように微笑んだ。
「会いたかった」
「僕もだよ」
そう返すと、彼女はまたにはにかんで見せた。
彼女は、明日また会おう、と言って僕に手を振って足早に行ってしまった。
僕は一人、取り残されて呆気に取られた。
__
今日はその約束を果たしに家を出る。あれが約束だったのかも不安だが少しの期待が僕の足を速くさせる。いつも歩いている道が今日は別の道に感じた。
橋へ着くと、彼女は約束の通りそこに居て、先に僕を待っていた。
「お待たせ」
そう言うと、彼女は表情を緩めて、行こう、と言った。
こんなふうに横に並んで歩くのは久しぶりだった。彼女の隣を歩くのすら懐かしい。彼女の横顔にかかる傘がなんとももどかしい。
そういえば、どうしてあんな土砂降りな雨の日に会えたのだろうか。彼女は雨が好きだった。だから雨の日を選んだのだろうか。
彼女を傘越しに考えていると、急に彼女が言った。
「雨の日って音が素敵だよね」
そう言うから耳を傾けると、傘に跳ね返る雨粒の音が心地良い。蛙の声が何処かわからない所で鳴いているのも、蒸し暑いはずが、涼しげだ。
「そうだね、素敵だ」
そう返すと彼女は満足したのか、話し始めた。
「こうやって歩くと服がすらえて音がなったり、遠くの方で車の音が微かに聞こえるでしょ? でもこれっていつも聞こえる音なの。そういう音が雨の日だと確認できるのが、私は好き」
そんな見方をする君が懐かしくて、少しだけドキリとした。
雨が地面を跳ねる。
「そういう考え方、僕も好きだよ」
二人の足音だけが聞こえる。
すると彼女は口を開いてこう言った。
「昔、文学者達が宴会した時の名前を『
彼女は傘越しにこちらを覗く。少し得意げな彼女の顔は、いつまでもそばに居たいと、そう思った。
彼女は僕の方を覗きながら続けた。
「でもね、雨声会って後からついた名前らしいの。だから日本で初めて雨声会するのは私達だね。」
彼女は誇らしげな顔をして言ってみせた。
そんな特別な言葉をかけられると照れ臭い。照れ隠しにからかってみる。
「宴会ではないけどね」
そう言うと、彼女は少し拗ねた顔をした。
この感じが懐かしくて、自分から笑顔が溢れるのがわかる。
雨の音に包まれる。温かい雨の音だ。
「懐かしいね」
そう彼女が笑って言うので、そうだね、と僕もつられて笑った。
そのあとは喋ることなく、雨の音に耳を傾けながら、ゆっくりと歩いた。
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