41.茶番的裁判




「裁判を始めます」


 俺の前に座るカレンが告げる。無駄に慇懃な風情で。

 アパートに帰り着いた俺は、なぜか不法侵入もとい先に帰ってきていたカノンに出迎えられたのち、着替える間もなく二人の手でミニテーブルの前に座らされていた。


「おいカレン、なんだ裁判って。茶番なら付き合うつもりはないぞ」

「せんぱ……被告人は口を慎んでください。じゃないと問答無用で有罪判決しますよ」

「横暴が過ぎる……大体、なんで俺が被告人なんだ。俺がなんの罪を犯したって言うんだよ」

「それは今から説明します」


 おっほん、と仰々しい咳払いを挟むカレン。

 恐らく裁判官らしい厳格なイメージを演出したいのだろうが、金髪童顔に制服姿ではさすがに無理があると言わざるをえない。


「被告人は学校に好きな人がいながら、お隣に住んでいる幼馴染の少女を通い妻のように扱っています。これはどう考えてもやばいです。この浮気者! 鼻下長!」

「鼻下長って今日日聞かない言葉だろ……大体なにが通い妻だ。言いがかりにもほどがある」

「しらばっくれるんですか? ネタは上がってるですよネタは。エプロン姿で甲斐甲斐しく出迎えてくれる女の子なんてもう奥さん以外の何者でもないじゃないですか」

「お前、裁判官って言うより週刊記者みたいになってるぞ……」

「苦しい言い訳ですね。まあ証拠はこの目で見た通りっぽいんで、普通に有罪ということで! 異議なし!」


 軽い感じで判決が下されてしまった。自己完結にもほどがある。

 まともに付き合う気など微塵もなかったが、言いがかりもここまでくると捨て置きがたい。


「意味不明な論理で有罪にするな。そもそもカノンは自分の意思で俺の部屋に来ているのであって、俺が希望してってわけじゃない。そもそも俺の同意なしで部屋に入ってる時点で不法侵入だ。そっちの方がよっぽど有罪だろ」

「ほほう、あくまでも非を認めない気ですか……」

「それからお前も、俺が嫌がっていたにもかかわらずアパートまでついてきたのは普通にストーカーだぞ。軽犯罪法のつきまとい禁止事項だからな」

「うぐっ、そんなマジの法律出されると困ります。あたし、その手の知識全然ないのでっ」


 あまりにも呆気なく音を上げるカレン。じゃあなんで裁判なんて言い始めたんだよ……。

 呆れて溜め息をついた頃、キッチンで調理を続けていたカノンがお盆を両手に俺の隣までやってきた。


「いつもよりちょっと早いですけど、御夕飯できましたよ。センパイももう食べますよね?」

「お、おう……ていうかカノン、なんで今日はこんなに早かったんだ。部活はどうした?」

「お休みだったんです。カレンちゃんもそれを知ってるから遊びに来たんですよ?」


 なるほど。つまりカレンはカノンの部屋に用事だったわけか。おながち嘘でもなかったんだな。

 謎の裁判ごっこはともかく多少の蟠りは解けた……かと思いきや、ミニテーブルにお盆を置いたカノンがこれでもかと言うほど顔を近づけてきて、


「それはそうとセンパイ……どうしてカレンちゃんと腕組んで帰ってきたんですか? 二人はどういう関係なんですか?」


 などと詰問してきたのに合わせ、カレンがまた慇懃な風情を醸し始める。

 ……いや、なんでまた裁判官なんだ。今度はお前も当事者だろうが。

 二重の勘違いを解くのにはそれほど時間を要しなかったが、せっかく出来立てだった料理が少し冷めてしまったのは惜しい思いがした。

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