幕間――十年後、妻と⑤
真夜中過ぎの、妻とのマリカ対決。
圧倒的な実力差(もといやり込み具合)により妻の十連勝阻止はもはや不可能なレベルに思われたが、最後の最後でマリカの女神は俺に微笑む結果となった。
「ロンキでサンダー回避とか卑怯ですよひきょー! あれなければ絶対あたしの勝ちでしたって!」
「打開コなんだから普通にありえる勝ち方だろ。リアルで妨害したわけでもないし、卑怯でもなんでもない」
「ノーカン! ノーカン!」
どこぞのギャンブル漫画よろしくみっともない主張をしてくる。
知ったことかと澄まし顔を向けてやると、さすがの妻も諦めて両肩を落とし、
「いや、もう、あれですよ。ラストがヨシサになった時点で覚悟できてましたよ。先輩が素人にありがちなダイナミックの申し子だって分かってましたよ……」
「お前だって素人の範疇だろ。そんなにがっくりするならアイテム普通でよかったんじゃないか?」
「それじゃつまらないじゃないですか。ミラーにした分、先輩はもっと苦戦すると思ったんです」
「まあ、確かに難しくはあったが……キラーなら反転してようが関係ないしな。そこにサンダーが来ればこれ以上ないくらい理想的な打開だろ」
「ふっ……」
俺の説明に、妻はなぜか噴き出すのを堪えるような顔になる。
「なんだよ、その顔」
「いや、堅物で本の虫でしかなかった先輩が、凄く真面目にマリカの話してるから……なんか、面白くって、ふふっ」
「なんだよそれ……お前が無理やり付き合わせるから覚えちまったんだろうが。こんな無駄な知識」
「あーっ、無駄とか言っちゃうんですかぁ? その無駄な知識フル活用してあたしを倒したのにですかぁ?」
「フル活用って、単に運がよかっただけだろ……」
「ふんだ。先輩の舐め切った発言のせいで、あたしの怒りはもう臨界点を超えちゃいました。この雪辱はマリカ以外では果たせそうにないです。というわけでもう一グランプリほど」
コントローラーを操作して再戦の準備に取りかかろうとする妻。
もちろん俺も見逃すわけがなく、彼女の細い指先をパッと押さえつけ、
「なにがもう一グランプリだ。約束が違うぞ」
「ぐっ、さすがに誤魔化せないですか……」
「当たり前だ。ていうかどんだけゲームしたいんだお前は」
「だ、だって……久しぶりだったから」
途端にしおらしい声になると、妻は小さく俯いた。
「こうやって、一緒にゲームするの……最近は、ずっと、一人でしたから」
「……ああ」
知らない間に何千も上積みされていた妻のレート。
どれだけやり込んでいるんだと内心で呆れたが、思えばそれも、一人で遊ぶしかなかったからか……。
仕事が忙しかったからとは言え、妻に寂しい思いをさせたのはほかの誰でもない、たった一人しかいない夫の責任。
つまり、俺自身なのだ。
「でも、約束は約束ですもんね……今からは、先輩のやりたいことしましょ。なにします? やっぱり読書ですか?」
「そうだな……コーヒーでも入れるか」
「はい? コーヒー?」
「ちょっと休憩にしようってことだ。もう一グランプリするにしても、さすがにゲームばっかりじゃ目が疲れるからな」
立ち上がり、キッチンに入って二人分のコーヒーの準備を始める。
妻はしばらくきょとんとしていたが、ほどなく意味に気づいたか、すぐに追いかけてきて俺の腕に抱き着いた。
「ちょ、危ないぞ」
「仕返しですっ。天邪鬼な先輩への」
「なんだよそれ……」
あえて素っ気なく返す。上手い照れ隠しとは恐らく言いがたい。
俺の腕に縋りついている妻も、言葉の割に満足げな笑みを浮かべていて、結局俺も顔を綻ばせていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます