40.ダブル勘違い
「せんぱいって、図太そうに見えて意外と繊細ですよね。別によくないです? 好きな人の一人や二人知られたって」
「いいわけあるか。ていうか一人や二人ってなんだ。俺が好きなのは柊先輩ただ一人だ」
「おっ、遂に認めちゃうんですね。今まではなあなあな感じでしたけど」
爛々と隣を歩きながらにんまりとほくそ笑むカレン。
俺としたことが、つい乗せられて口走ってしまった……が、もう誤魔化す必要も意味もないだろう。
「どうやってカレンの口を塞ぐか……いや、殴りまくれば記憶も飛ぶか?」
「えっ、なんかすっごい物騒な呟きが聞こえてるんですけど……」
「個人情報保護法の観点から、情報の流出を防ぐためにやむをえず法を犯すこともある。安心しろ、すぐに気絶すれば痛みは少ない」
「ちょちょちょ、マジ勘弁してくださいって! 暴力反対ですっ!」
「元体育会系なら殴られるくらい日常茶飯事だっただろ」
「イメージが昭和のまま過ぎです! そんなの今は昔ですから! 令和じゃ立派な体罰ですから!」
傍にあった電柱の裏にそそくさと逃げ込むカレン。
道端で騒ぎやがるせいで通行人から白眼視され、俺も戯れが過ぎたかと自省した。
「冗談に決まってるだろ……大体こんな往来で無駄に叫ぶな。悪漢と勘違いされたらどうするんだ」
「勘違いじゃないです痴漢ですって叫びます」
「余計タチが悪いわ!」
もう知らん。無視してさっさと帰ってしまおう。
割り切って再び帰路に歩き始めたものの、カレンはやはり俺の後ろをついてくる。金魚の糞の如く。
いちいち構っていても仕方がないと無視を決め込んでいたが、そうこうしているうちにアパートが見えるところまで帰ってきていた。
カレンはまだすぐ後ろを歩いている。俺はさすがに足を止めて振り返った。
「……お前、いつまでついてくるつもりなんだ」
「だから、せんぱいが行くところならどこへでも」
「その冗談口はもういい。用事があるんじゃなかったのか? それとも尾行のための口実か?」
「いえいえ、用事はちゃんとありますよぉ。せんぱいのお部屋に突撃今日の晩ご飯! 的な用事が……」
「か・え・れ」
努めて冷淡にあしらい、俺はアパートの階段に足をかけた。
が、その後ろを小生意気な足取りが追いかけてくる。
「ちょっとせんぱい、そんな素っ気なくすることないじゃないですかぁ!」
「ばっ、う、腕にくっつくな! 歩きにくい!」
「可愛い後輩が健気にも家までついてきたんですよ? せっかくだから上がってお茶でも飲んでいけよ、的なこと言ってくれてもよくないですか? あわよくば調子に乗って晩ご飯食べさせたり、なんなら一晩泊まっていけよ、とか口走っちゃったりしてもよくなくなくないですか?」
「ほとんどお前の願望じゃねえか! 誰が、そんなことっ……ぐっ……!」
「あれ? せんぱいの体が急に熱っぽくなったような。もしかして照れてます?」
「バカ言うな……このっ」
振りほどこうとすればするほど、二の腕に当たる柔らかな感触がいっそう強くなる。
こいつ、わざと擦りつけてっ……制服の上からじゃ目立たない大きさだと思っていたが、ここまで抱き着かれたらさすがに感じ取れてしまう。意識してしまう。不可抗力と言えど……。
――と、こそばゆいような感情を堪えながら、なんとか部屋の前まで辿り着いた時。
俺が鍵を取り出すよりも前に、木目のドアがガチャリと開かれた。
「あ、センパイ。やっぱり帰ってき……て?」
中から出てきたのは、制服の上にビブエプロンをかけたカノン。
カレンに抱き着かれた状態の俺を見て、大きな両目を何度もぱちくり。
……間違いなく勘違いされている。恐らく、二重に。
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