38.侮るなかれ




「カレンちゃん、読書が難しいなら創作はどうかしら」


 一頻り微笑んでいたのち、柊先輩がそう提案する。


「創作? 図画工作的なやつですか?」

「なんでだよ……文芸部で創作って言ったら、普通は文学作品に決まってるだろ」

「いや文芸部の普通なんて分からないですよぉ。文芸素人を舐めないでください」

「分からないことを誇らしくするな」


 ていうか図画工作って。高校生が連想するワードじゃないだろ。頭の中小学生なのかこいつは……。


「じゃあ文学作品を作るってことですか? そんなの無理くないです? あんな小難しい文章書けないです」

「だろうな。『無理くない』とかわけ分からん活用しているくらいだしな」

「ふっふっふっ、侮るなかれですよ萩原せんぱい。あたしの語彙力は53です」

「ゴミじゃねえか。侮るもなにも予想通りだぞ」

「というわけなので、創作も無理そうですね。残念無念ということで」


 前向きな方向にやる気を失うカレン。

 俺ならここで突き放して終わりだろうが、柊先輩は実に穏やかだった。


「カレンちゃんはたぶん、教科書に載っているような立派なものを想像しているのね。でもここは部活動だから、そんなに堅苦しく考えることはないのよ。もっとたわいないような、自分が楽しいと思えるものでいいの」

「楽しいと思えるもの、ですか?」

「そうよ。それに文学作品というと小説をイメージしがちだけど、詩や俳句、短歌なども立派な文学作品だから。短い文章ならそれほど語彙力も関係ない、どちから言えば発想力や想像力が大事になってくるわね」

「うーん、でも詩とか俳句って、面白いとか思ったことないんですよねぇ。やっぱり物語っぽいが面白いというか……でも小説とか絶対無理ですし」

「物語=小説ってわけじゃないだろ。例えばお前、ちょっと前に俺に創作話を話してたじゃないか」


 口を挟んだ俺に、カレンはきょとんとした顔を向けてくる。


「あたしが? 創作してました?」

「してただろ。ほら、俺がデブ研に入ったきっかけを勝手に想像したり、野良ビブリオバトルがどうとか言ってた話……」

「あーっ! ああいうのでもいいんですか? じゃあ無限に作れますよあたしっ」

「あら、なんだか面白そうね。どんな話だったの?」

「ええとですね、まず萩原せんぱいが柊せんぱいと出会うところから始まって――」


 興味を向けてきた先輩に、カレンが嬉々として与太話……もとい、創作話を始める。

 内容のくだらなさはともかく、今この瞬間だけ切り取ると、文芸部らしい有り様になっていると言えなくもない気がして、思いがけず微笑ましい気持ちにもなる。

 と言ってもほんのちょっとだけ、粉微塵ほどの微々たる程度だが……。


「ふふっ、楽しい話ね。野良ビブリオバトルがどんな戦いなのか、漫画チックな感じがして興味が湧くわ」

「おおっ、あたしにまさかの意外な才能が……」

「分かりやすく調子に乗るな。社交辞令に決まってるだろうが」

「そんなこともないわよ? 本当にユニークだと思うわ。続きを考えてほしいくらい」

「ほーらっ、柊せんぱいもこう言ってるじゃないですかぁ。あたしにはきっと才能があるんですよ才能が! いやぁ自分が恐ろしい」


 はいはい、と俺は両手を上げた。まさにお手上げと言わんばかりに。

 ウザいことに変わりはないが、カレンに関してはこれでいいのかもしれない。話の内容がどうあれ、創作に打ち込んでくれるなら立派に活動をしていると言えるしな。

 というか、やっぱり柊先輩こそ部長の器だ。俺なんかと違ってカレンを乗せるのも上手い。今からでも代わってほしいくらいなんだが。


「ところでだけど、カレンちゃんはどうしてそんな話を作ろうと思ったの? 登場人物も私と萩原君だけみたいだし」

「あっ、それは萩原せんぱいが柊せんぱいのこと――むごっ!」


 全力でカレンの口元を手で塞いだ。考える間もなく体が動いていた。

 こいつ、いきなりなんてこと口走ろうとしやがるんだ……!


「萩原君? どうしたの急に」

「い、いえ、なんでもないですから。カレンの話は単なる想像妄想完全フィクションでしかないんで、あんま気にしないでください!」

「そう? まあ、創作だからもちろんそうだとは思うけれど……」


 不思議そうに首を傾げる柊先輩。

 カレンは「ふごっ、ふごっ」となにか言いたげだったが、その声を言葉にはさせなかった。

 やっぱり侮れない、こいつだけは……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る