37.新部長は今日も仏頂面




 カレンの活動模索は続く。さっさと打ち切りになってくれていいんだが。


「せんぱいのせいで本格的に読書を断念しました。責任取ってなんでも言うこと聞く権利をください」

「理由とか脈絡とかもはや突っ込むまいが、その文脈だとお前が言うことを聞くための権利のようにも聞こえるぞ」


 ごく簡単な日本語すら怪しい後輩だった。マジでなんで文芸部にいるんだこいつ……。

 まあ正確にはデジタル文芸部だが、いずれにせよこいつにはなんの助けにもならない違いだ。


「もう活動とか別によくないです? ゆったりまったりするだけの部ってことで」

「随分な開き直りだな……」

「せんぱいだって、いっつも本読んでるだけじゃないですか」

「それが活動だって言ってんだろ。そもそもお前が入部してから、ゆっくり読めた試しがない」

「そんなっ、まるであたしをお邪魔虫のように!」

「それ以外の何者でもねえだろうが……」


 ぶー、と幼児のように頬を膨らませるカレン。

 もう何度目か分からない溜め息をついた俺をよそに、傍観していた柊先輩は実に楽しげな笑みを浮かべている。まるで他人事のような様子だ。


「先輩も、見てるだけじゃないでなんとか言ってくださいよ。一応、元部長なんですから」

「でも、今の部長は萩原君だから。私が口を挟むのもどうかと思って」

「そんな気遣い無用ですよ。そもそも俺、部長なんて柄じゃないですし」

「そんなことないと思うけど……まあでも、唯一の後輩ちゃんを読書嫌いにさせたことは反省しないといけないかもね。もう少し慎重に、読みやすい本を選んであげるべきだったと思うわ。図書室に連れていってあげるとかして」

「そーですそーですっ、せんぱいはミスを犯したんです。素直に認めて謝ったらどーですかっ」


 便乗して謗ってくるカレン。いつの間にか柊先輩の後ろに回り身を隠してやがる。

 相変わらずのウザさはともかく、確かに俺にも非があったかもしれない。


「悪かったよ……確かにちょっと、初心者にはハードルが高かった。それは認めるよ」

「あれ、意外に素直です。あ、柊せんぱいの目があるから……」

「それ以上言ったらはっ倒すぞ」

「わあ、清々しいほどのパワーハラスメント……」

「余計なこと言うからだ。それより、一緒に図書室行くぞ」

「え?」

「もっと読みやすそうな本を選んでやるって言ってるんだよ。別に柊先輩に言われたからとかじゃなく、これも部長の務めかと思っただけだ」

「せ、せんぱい……!」


 ぱあっと嬉しそうな笑みを咲かせるカレン。

 あまりの単純さにこっちまで照れくさくなってくる。ウザいことさえ差し引けば、まあそれなりに可愛い後輩であることには変わりないし、俺だって邪険にする理由も……。


「お気遣いありがとうございますっ。まあ、別に行かないですけどね」

「ああそうか、じゃあ早速――って行かないのかよ!」

「おお、見事なノリ突っ込み。でも本場では鼻で笑われるレベルですね、ふっ」

「変なとこで玄人ぶってんじゃねえよ! ていうか、今のは喜んでついて行きますって流れだっただろうが!」

「いや、今から図書室とか普通にだるいですし。あたしそんな体力ない方ですから」

「中学までバリバリの水泳部だった奴がなにほざいてやがる……!」

「水陸両用じゃないんですよ、残念ながら」


 ふふんと鼻を鳴らすように笑うカレン。

 結局のところ、端から読書する気などさらさらなかったわけだ。実に腹立たしい。

 なお、例によって傍観していた柊先輩は愉快そうに微笑んでいるばかりだった。それでいいのか元部長……。

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