36.読書百遍義自ずから見る




「仕方ないですね。萩原せんぱいがそこまで自分の趣味にあたしを引きずり込みたいと言うのであれば、少しは妥協するしかないです。読書、してあげてもいいですよっ」


 なぜか上から目線で言ってくるカレン。

 いや妥協とかではなくて、デブ研の部員である以上当たり前のことなんだが。


「でもあたし、ほんっとうに活字とか苦手なので。いきなり分厚い本とか、小難しい本とか読めないですからね?」

「それはきっと大丈夫よ。萩原君はどちらかと言えばエンタメ寄りの小説を読んでいるから、読書に慣れていない子でも取っつきやすい本を紹介してくれると思うわ」

「だそうですよ萩原せんぱい。さあ、あたしにどんな本を読ませようって言うんですかっ」

「なんで俺が試されてる感じなんだよ……」


 しかしまあ、柊先輩が言うなら無下にもできない。大人しく本を紹介しておこう。

 俺はスクールリュックの中を漁り、一冊の小説を取り出した。


「ちょうど読み終わった本がある。これでも読んでおけ」

「ふむ、どれどれ……えっ、『コズミック』? なんなんですかこの広辞苑みたいな本……?」

「全然違うだろ。広辞苑は基本的に菊判、これはそれよりかなり小さい新書版だ」

「いやいやいや大きさとか問題じゃないです! この本めっちゃ分厚いじゃないですかっ。何ページあるんですか!」

「710ページ、原稿用紙換算でおよそ1400枚くらいらしいが」

「せんっ!? 殺す気ですか!」

「いや、さすがにこの厚さ程度じゃ撲殺できないだろ。ああ、そういえばこの『コズミック』は人がたくさん殺される話でな、1200個の密室で1200人のもの殺人事件が起きて、それを解決する話なんだが最後は思わず本を壁に投げつけたくなるようなどんでん返しが……」

「ナチュラルに解説が始まってる!? しかもどんだけ物騒な話なんですか! いきなりハードル高過ぎですっ」


 注射を嫌う子供のような拒否反応だった。勿体ない。本当に面白いから勧めてるんだが。

 ちらりと柊先輩を見てみると、なにか同情するような微苦笑を浮かべていた。


「萩原君……気持ちは分からないでもないけど、カレンちゃんには少し荷が勝ち過ぎていると思うわ。分厚い本ってだけで敬遠してしまう子も多いと思うし」

「確かにちょっと厚めですけど、難しい言葉とかもないですし、読みやすくてあっという間に読めると思ったんですけどね。あとどんな感想持たれるか興味あったんで、この本」

「ほかにおすすめの本はないの? 今持っている本じゃなくても、図書館とかから借りてこられるような……」

「あ、図書館で思い出したんですけど、まだ持ってました。これ、『図書館の魔女』」

「お、なんか童話っぽいタイトルで取っつきやすそう……とか期待したあたしがバカ! ほんとバカっ!」


 俺が新たに手にしていた本を見て、更に声を高くするカレン。まさかこんな形でこいつが自らの愚かさに気づくとは意外だった。


「な、なんなんですかその本! 今度はマジで広辞苑ですか!」

「だから全然違うだろ。『図書館の魔女』は四六判だぞ」

「知らないですっ。しかもさっきのより大きい上に分厚さも変わらないくらいあるし!」

「ああ、これは上巻だから下巻もあるぞ」

「まさかのおかわりっ! しかももっと分厚いのが……!」

「合わせて1468ページ、原稿用紙にして約3500枚だ」

「もはや鈍器です! 本気で人死にますよっ!」


 やはり拒絶する後輩に、俺の心は微妙に傷ついていた。

 どんな本でも読書百遍、読んでるうちに慣れて面白くなると思うんだけどな……。

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