幕間――十年後、妻と④
妻の耳かきのおかげに癒され、俺の眠気はかなりのものになっていた。
なんなら膝枕をしてもらったまま眠りに就きたいくらいだったが、そうは問屋が卸さないのがうちの細君である。
「やった! またあたしが一位ですよ先輩っ」
コントローラーから手を離し、小さなガッツポーズと笑顔を向けてくる妻。まるで子供のような喜びようだった。
「これであたしの九連続一位です。先輩、ちょっと張り合いなさ過ぎですよぉ」
「仕方ないだろ、久しぶりなんだよこっちは……大体、なんでこんな時間にマリカなんだ」
「えー、普通に楽しくないですか? 夜中に夫婦でマリカとか」
そりゃあ、こんだけ夫をカモにできるならさぞかし楽しいだろう。
こっちは仕事で心身ともに疲弊し切っている上にプロコン持つのすら久しぶりだ。
おまけにさっき確認したら、妻のアカウントのレートが前に見た時に比べて五千ほど上積みされている。どんだけやり込んでいるんだこいつは……。
「夫婦になったって言うのに、夜中にゲームに付き合わされることになるとはな」
「ちょっとぉ、なんですかその言い方。まるであたしが成長してないみたいな」
「別にそうは言ってないが……」
「先輩なんて、さっき膝枕されてる時、あたしのたわわに成長した胸を見上げて眼福眼福ぅ! とか叫んでたくせに」
「貧弱貧弱ぅみたいなテンションで言ってんじゃねえよ。ていうかナチュラルに事実の改竄するのやめろ」
努めて冷静に突っ込む俺に対し、妻はちろりと舌を出しておどけてみせた。
ほんと、こういう小生意気さもまるで変わっていない。
だからと言って成長がないわけでもない。むしろ成長はしている……身体的なこともそうだが、それ以上になんというか、ウザ絡みの度合いのようなものが。
まあそれが愛情の裏返しと分かってからは、俺も満更ではないように感じてしまっているのだが。
「まあ別にいいじゃないですか、あたし楽しいですし。それに先輩が言ったんですよ? あたしがやりたいことしようって」
「分かってるよ。だから大人しく付き合ってやってるんだろ」
「むっ、なんかちょっと投げやり感。じゃあ逆に聞きますけど、先輩だったら夜中にどう過ごすのがいいって言うんですか? まだアニバーサリー一年の夫婦として」
「そりゃあ、もっと大人な過ごし方というか、趣味をだな」
「たとえば?」
「……読書とか」
「却下です」
「即答かよ……」
「だって先輩、昔からそればっかりじゃないですかぁ。先輩こそ成長がないんじゃないですか?」
言い得て妙だった。
確かに、俺の趣味の変わらなさも相当なものだ。しかもそれしかないという……。
「そもそも読書って、二人でどうやって楽しむんですか。それともあれですか。子供ができた時のために読み聞かせの練習でもしときたいんですか。そういうことなら先輩が赤ちゃん役やってくれるなら喜んでやりますよ?」
「勝手に話を進めるな。ていうかなんで赤ちゃんなんだ。読み聞かせならせめて幼稚園児くらいだろ」
「じゃあ幼稚園児します?」
「しねえよ!」
突っ込む声が大きくなりかけ、俺は思わず手で口を塞いだ。一応、今が夜中であることを忘れてはいけない。
妻は「しーっ」と人差し指を口元に添えて笑ってみせる。誰のせいだ誰の。
「……まあでも、いいと思いますけどね。お互い、全然変わってないのって」
「え?」
「ほら先輩、次のレース行きますよ。今度は全部ミラーの、アイテムダイナミックです。あたしの十連勝阻止したら、先輩のやりたいことやってもいいですよっ」
喜々とした表情でレース設定をいじり始める妻。
わずかに照れたような笑みが垣間見えた気がしたが、俺はなにも言わずに「望むところだ」と息巻き、プロコンを握り直した。
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