30.Once upon a time.④
林の中での邂逅以降、カノンと再会したのは冬休みが明け、学校が再開してからだった。
当時通っていた小学校は制服が定められていたが、冬は防寒着として私服のコートなどの着用が許可されていた。だから通学の道中であの真っ赤なもこもこのコートを着た小さな背中を見つけた時、俺は思わず歩み寄って話しかけていた。
……わざわざ俺の方から絡みに行くなんて、今だったら絶対ありえないことだが。
――カノン、久しぶり。
――あ……うん。
俺から声をかけられたカノンは、少しだけ驚いたように目を丸くしていたが、やがてはにかむように笑って頷いた。それ以上の反応はなかったが、俯いたまま通学路を歩く彼女の顔にはずっと嬉しそうな笑みが浮かんでいた。
その頃のカノンは、現在の活発な感じとは全く違う。
いつも独りぼっちで、言葉数も少なくて、ウザ絡みのウの字もないような少女。
特に学校で会う彼女は、林の中で初めて会った時よりも更に大人しく、独りであることを極度に恐れているようにも見えた。
だから俺と知り合ったのちは、休み時間や登下校、放課後までも俺と一緒にいるようになっていた。
別に、なにかして遊んでいたわけじゃない。
ただ一緒にいただけ。それだけでカノンは充分だったようで、読書の合間に話し相手になってやると、カノンはそれだけで笑顔を咲かせていた。
のちにうちの祖母が俺とカノンの仲を知ると、祖母同士も仲がよいとのことで、互いの家で遊ぶことも増えた。
……と言っても俺は自分(もとい祖父母)の家があまり好きじゃなかったから、カノンを家に招く機会は少なかった気がするが。
今だから言えることだが、カノンと二人きりで過ごす時間は嫌いではなかった。
そもそも俺は一人でいることが好きだったわけじゃない。
祖父母の家の騒々しさが一種のトラウマになって、騒がしい人間や場所を忌避していたら一人でいることが多くなっただけだ。
だから静かに時間を過ごせるのなら、誰かが一緒にいても不快に感じることはなかった……いや、むしろ心のどこかで喜んでいたようにも思う。
俺もあの頃のカノンと同じように――独りぼっちであることを、本当は恐れていたはずだから。
しかしカノンとの時間は、それほど長くは続かなかった。
それは俺が四年に上がる前に転校が決まったことが大きな要因だったが、そうでなくとも俺は、自ずとカノンから離れていたのではと思う。
――だいすき、だから……。
俺があの片田舎からいなくなると知った時、カノンは大粒の涙を流しながら言った。それが泣いている理由だと言わんばかりに。
そんなこと、言われるまでもなく分かっていた。俺だってはっきりとは言わなかったが、カノンと一緒にいる時間が好きだった。出会った頃と同じままの関係でいたら、俺だって別れ際の涙くらい流したかもしれない。
だけど俺は泣かなかったし、泣いているカノンを慰めることさえしなかった。
だって、その頃にはもう――カノンは、騒がしい側の人間になっていたから。
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