11.バナナはおかずに入りません




 九歳、すなわち小学三年生まで、俺はこの街から遠く離れた片田舎に住んでいた。両親の仕事の都合で、父方の実家に預けられていたのだ。

 その頃に同じ小学校で、家も近所だったのが目の前にいるこの少女、カノンだった。


「それで、どうしてお前がこの街にいるんだ」

「えっ、もしかしてセンパイ、なにも聞かされてなかったんですか」

「なんのことだ?」

「あたしが七山高校に進学したこととか、センパイのお隣さんになることとかです」


 不思議そうな顔で言うカノン。

 まあ、七山高校に入学したのであろうことは制服で想像がつくが……お隣さん、だと?

 ということは、最近隣に越してきた住人は……、


「お前だったのか、カノン……」

「なんですか、そのごんぎつねのラストシーンみたいな驚き方。あたしがお隣じゃ嬉しくないんですか?」

「正直言うと、どんな感情よりも驚愕がまさっている」

「ガーンっ! でも、ほら、七年ぶりなんですよ七年ぶり! 七年ぶりの生カノンちゃんなんですよ! もっとしっかり見てくださいよ、堪能してくださいよっ」


 うん、まあ。確かにカノンとは久しぶりなんだが……有難みが薄い。どこぞの瓜二つないとことやらのせいで。


「というか、別に極めて会いたかったわけでもないしな」

「そもそも求められてナッシングっ!?」

「むしろウザい後輩が二人に増えたかと思うと……はぁ」

「しかも超デカな溜め息までっ! う~、ショックですぅ……」


 ふらーっと横に倒れるカノン。

 同時に、ぐぅーと、盛大な腹の音を鳴らした。


「ところでセンパイ、すっごくお腹空いたんですけど」

「いや言わんでも分かったが……まさかお前、腹が減り過ぎてたせいで、そこの階段で力尽きてたんじゃないだろうな」

「恥ずかしながら……部活で、くたくただったものでして」


 えへへ、と力なく笑うカノン。俺はやっぱりかと頭を掻いた。

 汗の匂いを気にしたのも部活後だったからなのだろう。正直そこまで気にするほどでもない、むしろ芳香の類いだったとは思うが。

 ……いや、なにを冷静に思い出しているんだ俺は。


「腹が減ったんなら帰れ。いつまでも俺のベッドを占領するな」

「あの、我がまま言ってもいいです?」

「やめろ」

「お腹空いて体が起こせないんです。なにか恵んでください今すぐに」

「さっきまで普通に起きてただろうが!」

「それで力を使い果たしました。完全に充電切れ、エンプティーです」

「ウゼぇ……」


 俺はテーブルの上に置いていた買い物袋に目を落とした。

 中には晩飯のおかずとして買った唐揚げ四個入りのパックと、特売だったバナナが一房入っている。

 ……しょうがない。これでもやってさっさと帰ってもらうか。


「ほら、カノン。これでも食べろ」

「ん、バナナ?」

「そうだ。これで立ち上がるだけのエネルギーにはなるだろ」

「わあ、ありがとうございます……じゃあすみませんけど、剥いてもらってもいいですか」

「……分かったよ。ほら」

「あ、一本だけじゃなくて、ほかのも」

「ふざけるな。恵んでやるのは一本だけだ」

「できればそっちの唐揚げっぽいのも」

「図に乗るな。さっさと食べろ」


 剥き出しにしたバナナを差し出すと、カノンは口を突き出してはむはむと食べ始める。

 ……なんだこの、動物に餌付けでもしているような絵図は。


「あ、センパイ。最後の方まで剥いてください」

「……ほら、これでいいか」

「ありがとうございますっ。はむりはむり……ぺろっ」

「お、おい! なぜ俺の指を舐めた!?」

「え? いや、バナナって素手で持ったらべたつくじゃないですか。だから綺麗にしてあげておこうという、あたしなりの気遣いですっ」

「いらん! 普通にティッシュで拭く!」


 無駄に何枚もティッシュを取り、舐められた指を入念に拭き上げる。

 それでも刹那に走った快感は忘れられず、心臓もドキドキもしばらく収まらなかった。

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