幕間――十年後、妻と②
二人だけの晩餐を終えてもなお、俺たちの昔語りは続いていた。
場所をダイニングからリビングに移し、ソファにゆったりと腰掛けながら。
「もう、日付も変わっちゃいましたね」
「あっという間の記念日だったな」
「ほんとですよ。それもこれも、先輩の帰りが遅くなったからです」
頬を膨らませて不満をアピールしてくる妻。
昔語りの影響からか、まだ俺のことを『先輩』と呼んでいる。夫婦になってからは大体「あなた」とか名前呼びだったから、今となっては新鮮な感じを覚える。
「文句なら俺の上司に言ってくれ。急に残業を押しつけてきたんだ」
「分かりました。じゃあ今度クレームの電話します」
「……いや、本気にするな。俺の立場が危うい」
「じゃあじゃあ、来年は記念日の方を優先してくれます?」
「来年の話をすると鬼に笑われるぞ」
「あーっ、逃げたぁ。さいてー、くず、ひとでなしー」
くそみそに言われる。それほど気持ちは入っていないようだが。
俺はそっと妻の頭に手をやり、あやすように髪を撫でる。
「来年のことは分からんが、とりあえずこの土日は休みだ。記念日が短かった分、思う存分やりたいことやろう」
「ほんと? じゃあ大好きっ」
言葉を弾ませながら抱き着いてくる。随分呆気ない手のひら返しだことで。
「髪、綺麗だよな」
「えっ?」
「いや、なんとなく褒めただけだ」
「…………」
「なんだよ黙り込んで」
「いえ、素直に褒めてくれるの、珍しいなと思ったので……はっ、まさか浮気のサインとか」
結婚記念日にとんだ疑いをかけられた。
いや、正確にはもう日付が変わってしまっているが。
「せっかく素直に褒めたんだから、そっちも素直に受け取ってくれよ」
「えー、でも先輩、髪型以外だと全然見分けついてなかったじゃないですかぁ。あたしとあの子のこと」
「それは……しょうがないだろ。双子みたいにそっくりだったんだから」
妻には瓜二つのいとこがいる。
高校ではどっちも同じく後輩だったが、初めは髪型以外で見分ける方法がなかった。それくらいよく似ていたのだ……あどけない外見も、なにかと絡んでくるウザい性格も。
「今日だって、もしあたしがあの子と入れ替わってたら分からなかったんじゃないですか? 髪だって下ろしてますし」
「死んでもありえん」
「……ほんとに?」
「本当だ。じゃなきゃ結婚なんかしない」
「~~~~っ」
妻はお酒でも飲んだように頬を上気させ、再び俺の体に抱き着いた。
今度は、そっと身を寄せるようにして。
「……スライドショー、まだ続いてますね」
ぼんやりとした声と眼差しがタブレットに向けられる。
俺は「そうだな」と頷いて、妻の華奢な肩をそっと抱いた。
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