10.どちら様ですかぁ?




 ……なに言ってんだ、こいつ。

 俺は芥川の言葉を信じなかった。なにがいとこ・・・だ。

 目の前にいるのはどう見たって芥川だ。双子ならまだしも、いとこでこれほど瓜二つなはずがない。

 そんなに俺を困惑させるのが楽しいのか……こんなバレバレな嘘までついて。

 いや、待てよ――そうだ、簡単に看破する方法がある。


「センパイ? どーしたんですか、急にリュックなんか漁り出して」

「うるさい。ちょっと黙ってろ」


 俺は自分のリュックからぐしゃぐしゃになった入部届を取り出した。

 さっき芥川に書かせたものだが、ここには緊急連絡先として、入部者の携帯番号を記入させる欄がある。

 この番号にかけて芥川のスマホが鳴れば、やはりただの虚言ということに――、


『もしもし? どちら様ですかぁ?』

「……誰だ、お前は」

『えっ? いやいや、それはこっちの台詞なんですけどぉ?』


 一体、どうなっているのか。

 部屋の中で芥川のスマホが鳴ることはなかった。芥川もベッドの上で首を傾げているだけで、もちろんスマホなど手にしていない。

 しかし電話には――芥川が出ている。


『というか、もしかしてその声、せんぱいですか?』

「あ、ああ。そうだが」

『えっ、やだ、まさかもう電話かけてくれるなんて。そんなにあたしが恋しかったんです?』

「死んでもありえん」

『生死を賭けるレベルっ! そんな冷静に突き放すことないじゃないですか、電話かけてきたのはせんぱいのは方なんですよ?』


 小憎たらしい笑みを帯びた声が受話口越しに耳朶をくすぐってくる。

 この唯一無二のウザさ、紛うことなき芥川だ。

 とすれば、俺の目の前にいるこいつは――、


『恋しいわけじゃないとしたら、せんぱいはなんで電話してきたんですか? あたし、プロポーズは電話じゃなくて、一緒にスカイダイビングしながら残り千フィートくらいのところで指輪を渡されたい派なんですけど』

「なんだそのぶっ飛び過ぎな派閥は。そもそもお前にプロポーズなんて絶対にしない」

『えーっ、それあたしからしろって話ですかぁ? 最先端なんですねーせんぱいって』

「単刀直入に訊く。芥川、お前いとこはいるか? お前そっくりの」

『はい? カノンちゃんのことですか?』

「カノン……?」


 くるりとベッドに目を向ける。

 俺が名前を呟いたことで、ベッド上の芥川は「あたしですか?」と首を傾げている。

 カノン……芥川、カノン……瓜二つのいとこで、七年ぶり……――。

 そうして俺の中で、散らばっていた点と点がようやく一つの線で結ばれた。


「なるほど、そういうことか」

『えっ、なんですかせんぱい? なんで今、カノンちゃんの話が――』


 通話を切った。まだなにか聞こえていたが知ったことじゃない。

 改めてベッドに向き直る。芥川は不思議そうに俺を見つめていた。


「センパイ? 誰と話してたんですか?」

「芥川……お前のいとこと、話をしていただけだ」

「えっ、カレンちゃんと?」

「ああ。おかげで思い出した……いや、思い出してしまったとでも言うべきか」


 もう一人、とんでもなくウザい後輩がいたことを。

 いや、デブ研で会った方の芥川は後輩だが、どちらかと言えば友達の妹。しかもほとんど接点がなかった。

 にもかかわらず顔やウザさに覚えがあったのは――まさしく人違いをしていたから。

 七年前まで俺によく絡んできていた、一つ年下の後輩女子。

 芥川奏音カノンという幼馴染の少女と……。

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