第5話 村長の家

 エリーちゃんは、広場のすぐ脇の建物に俺を連れていった。

 石造りの二階建てで、周囲の家よりも一回り大きな建物だ。

 さすがは村長の家っていう豪奢ごうしゃな造りで、だけど、無駄な装飾がない、質実剛健な建物だった。


 玄関を入ると、中がそのまま広い一部屋になっている。

 中央の暖炉を中心に、左側に厨房みたいなスペース、真ん中がダイニングみたいなスペース、右側がリビングっていう間取りだった。


 真ん中のダイニングには長い木のテーブルがあって、俺は暖炉を背にした上座かみざの位置に座らされる(この世界にも上座の概念がいねんがあるらしい)。

 部屋全体が、暖炉の炎や所々に置いてある蝋燭ろうそくで淡いオレンジに照らされていた。


 席に着いて待ってると、村長さんの奥さんやエリーちゃんのお母さんが、皿やスプーン、コップなんかをテーブルに配膳してくれた。


 配膳を待ちながら、俺はさりげなく部屋の中を観察する。


 配られたテーブルの上の皿もスプーンもコップも、全部木製だった。

 厨房にはまきのかまどが見える。

 かまどには鉄の鍋が掛けてあった。

 暖炉やかまどで薪を使うからか、天井の木組みはかなりすすけて黒くなっている。

 窓にガラスはなくて、今は夜だから木戸が閉めてあった。


 こういう家の様子から見ると、やっぱりこの世界は元の世界でいう中世くらいの時代っていう俺の見立てで正しいのかもしれない。



 配膳が終わって、みんなで食卓を囲んだ。


「さあどうぞ、召し上がってください」

 村長さんが言う。


「はい、いただきます」

 食卓に出てきたのは、ポトフみたいな料理とパンだった。

 ポトフにはキャベツとタマネギにニンジン、それに小さなベーコンみたいな肉の欠片が入っている。

 キャベツもタマネギもニンジンも、俺が元いた世界で食べてたのと味は変わらなかった。

 その代わり、パンは石みたいに硬かった。

 そのまま食べると歯が折れそうな硬さだ。

 みんながパンをポトフに浸して食べてるのを見て、俺もその真似をした。

 味は塩っ気だけであっさりとしている。

 他の香辛料が使われてる形跡はなかった。

 よく言えば、素材の味がしっかりと感じられる料理だ。


粗末そまつな食事で申し訳ありません」

 村長さんが自嘲じちょう気味に言った。


「いえ」

 俺は首を振る。

 確かに豪華な食事ではなかった。

 でも、俺をちゃんともてなそうとしてくれてるのは分かる。


「最近、この村の周囲にはオオカミの群れが出没するようになりまして、魔物に加えてそのオオカミ達も徘徊はいかいするなか、農作業や狩りに出るのも命がけなのです」

 村長さんは目を伏せた。


 なるほど、村の周囲をぐるっと囲ってた木の壁は、そんなオオカミや魔物から村を守るためってことか。

 某巨人から街を守るの小型版ってとこか。

 この村は、森の中に人間がとりでを作って住んでる、って感じなのかもしれない。

 そんな中で、お母さんを助けるために森にきのこを採りに出たエリーちゃんは、すごく勇気がある。


 っていうか、かなり無鉄砲だ。


「この食事も、いつまで続けられることやら……」

 村長さんがそんなふうに言うから、すっごく食べづらい。


「お爺ちゃん、それなら大丈夫だよ。このお兄ちゃんはすっごい魔法使いさんなの。これから魔王を倒しに行くんだって。だから、エリー達もすぐに自由にお外を歩けるようになるよ」

 エリーちゃんが無垢むくな笑顔で言う。


「先程も外で不思議な魔法を見せて頂きましたが、あなた様は、そのように立派な魔法使い様であられるのですか?」

 村長さんが訊いて、食卓の大人達が俺を見た。

 あらためて俺に値踏みするような視線を送ってくる。


「い、いえ、魔法っていっても、たしなむ程度で…………」

 言いながら冷や汗が出た。

 あれは俺が唯一使えるであって、魔王と戦えるような魔法は持ち合わせていない。


「魔王に戦いを挑まれる立派な魔法使い様と食事を共にできて、私達は光栄です」

 そこにいる大人達が頭を下げた。


 いやだから、俺は魔王と戦うなんて、到底無理なんだけど…………



「さあ、夜も更けて魔法使い様もお疲れでしょう。今晩はゆっくりとお休みください」

 食事を終えて、エリーちゃんのお母さんが、今日泊まらせてもらう二階の部屋に案内してくれた。

 村長さんの家の二階には七部屋あって、階段の両側に三部屋ずつ、奧に一部屋が並んでいる。


「どうぞ、こちらです」

 お母さんは俺を左側の真ん中の部屋に案内した。

 広さは元の世界でいう八畳間くらいだろうか。

 ベッドと机があって、腰高くらいのチェストが一つに、洋服ダンスが一竿ひとさおあった。

 ドアと対面の壁にある窓は、夜だから今は木戸が閉じられている。

 側面の壁の一方には、キルトのタペストリーが掛かっていた。

 タペストリーには、不規則な模様の布が縫い付けてある。

 青とライトブラウンの布で、何を表してるのかは分からなかった。


「今お湯を持ってまいりますので、それで体を拭いてください」

 お母さんが言った。


「はい、ありがとうございます」

 んっ、ここの生活って風呂に入る習慣がないのか。

 俺、別に風呂好きってわけじゃないけど、入れないとなると心地悪い。

 頭も毎日洗いたいし(それに、風呂がないと間違ってヒロインが入ってる風呂に入っちゃうラッキースケベイベントが発生しないじゃないか)。


 すぐにお母さんがおけに入ったお湯と手ぬぐいを持ってきてくれて、俺はそれで体を拭いた。

 少しだけすっきりしたところで、ベッドに横になってみる。


 ベッドは見た目よりも柔らかかった。

 香ばしい匂いがするから、麻布のシーツの下にわらでも詰めてあるみたいだ。

 俺は、寝っ転がって目をつぶった。


 異世界初日。


 こうしてどうにか寝床は手に入れた。

 明日からどうなるか分からないけど、なんとか生き延びることはできた。


 さて、これからどうしよう。


 この村は貧しいみたいだし、このままここに世話になるのも悪い気がする。

 もっと大きな街の場所を聞いて、この村を出るべきだろうか?

 それとも、もう少しここに腰を据えるべきか。

 街に出る前にもう少しこの世界のことを知っておきたい気もする。


 だけど、エリーちゃんに魔王を倒しに行くとか言ったのが村中に広まってて、ここに長居できないのも確かだ。


 そんなことを考えてたら、段々と目蓋まぶたが重くなってきた。

 さすがに色々ありすぎて疲れている。

 眠気にまかせてそのまま寝ちゃおう、なんて思ってたら、


「オオカミだ! オオカミの群れが出たぞ!」


 外から誰かが叫ぶ声が聞こえた。


 あちこちでドアが開く音がして、村中がざわざわし始める。


 なんだか、長い夜になる予感がした。

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