第4話 始まりの村

「さぁお兄ちゃん、こっちだよ」

 俺は、エリーちゃんに手を引かれてサバルカ村の門をくぐる。


 壁の中には、頑丈そうな石造りの家が寄り合うように何軒も並んでいた。

 門からまっすぐに通りができていて、それが中央の広場みたいな場所に繋がっている。

 通りには何台かの屋台が出て物を売っていた。

 野菜や干し魚、パンなんかの食料品の屋台もあれば、衣服だったり、おけなべなんかの雑貨を売ってる屋台もあった。

 歩きながら見てると、村の人達はそれらをお金で遣り取りしている。

 この世界にも通貨制度があることが分かった。


 時代的にここは、元の世界でいう中世くらいって感じだろうか。

 地面は舗装されてないし、もちろん、車やバイクは走ってなかった。

 電柱や街灯のような物も見当たらない。

 水道もないみたいで、その代わりに井戸を中心にした水場が幾つかあった。


 村の人達は、男性はチュニックみたいな服、女性はワンピースみたいな服を着ている。

 男性も女性も服の布地は地味なアースカラーだから、染色の技術も元いた世界みたいには発展してないんだろう。


 エリーちゃんに手を引かれて歩いてると、通りを行く人が、奇異な目で俺を見た。


 大人達が俺を横目で見ながらヒソヒソと話している。

 子供達は俺を見てお母さんの後ろに隠れたりした。

 俺に明らかな敵意を持ってにらみ付けてくる男の子もいる。


 よそ者だし、変な服装してるし、エリーちゃんと手を繋いでるし、俺が不審者感で満ちあふれてるのはいなめない。


 それにしても、結局、俺って異世界に来てもこんな扱いなのか……


 ただ道を歩いてるだけで職質受けたり、不審者扱いされてた元の世界での扱いと何も変わらなかった。


 俺の手を引くエリーちゃんは、村人が俺に投げかけるそんな視線が許せなかったらしくて、

「このお兄ちゃんは、これから魔王を退治に行く、すっごい魔法使い様なんだよ! エリーを助けてくれたんだから!」

 周囲に向けて大声で抗議するように言った。


 いやエリーちゃん、あんまり大袈裟おおげさに言うのはやめよう。

 俺が魔王を退治に行く魔法使いとか言ったのは、森の中でエリーちゃんを安心させるためだったんだし。

 俺、魔王を退治するとか、到底できそうもないし。


 それに、俺はこういう扱いに慣れている。

 周囲の人達の嫌な視線は、パーカーのフードを被っちゃえば見えなくなる。

 俺、物事を荒立てるのはあんまり好きじゃないし。


「ほらお兄ちゃん、あれ、出してあげて」

 エリーちゃんが悪戯っぽい顔をした。


 あれとはもちろん、のことだろうか?


「ほら」

 って、エリーちゃん、すっかり俺のマネージャーにでもなった感じだ。


「ほら、お兄ちゃんの凄いところ、見せてあげようよ」


「う、うん。それじゃあ」

 俺は大きく息を吸って肺に空気を溜めた。


「ブルボゥンヌ、ウワイトゥー、ロヒィィィトゥァァァァァァァァァ!」


 半分自棄やけになって高らかに詠唱えいしょうする。

 夕暮れの空に大声で叫んだ。


 すぐに空からホワイトロリータが降り注いだ。

 それが雪のように地面に積もる。


 そこにいる人みんなが呆気あっけにとられていた。

 起きている事象からすれば、これは魔法以外のなにものでもない。


「みんな、これ、おいしいよ」

 エリーちゃんが降ってきた一本を手に取った。

 そして、手本を見せるように包み紙を剥く。

 そのまま口に含んでカリッと噛むエリーちゃん。


「やっぱり、美味しい!」

 エリーちゃんが歓喜の声を上げる。


 それで安心したのか、見ていた人達が恐る恐る、エリーちゃんの真似をした。


「美味しい!」

「何これ!」

「甘ーい!」

「なんて良い香りなんでしょう……」

 大人も子供も、それを口にした人は皆一様に感嘆の声を上げた。

 辺りが大騒ぎになって、落ちているホワイトロリータをみんなが拾う。

 家々から人が出てきて、村をあげての大騒ぎになった。


 空から降ってきたホワイトロリータは、あっという間になくなる。

 村の人達は、それを食べてすごく幸せそうな顔をしていた。


 やっぱり、この世界でもブルボンのお菓子は通用するのだ。

 森でのエリーちゃんの反応に加えて、この村の人達の反応を見てそれを確信した。

 この能力は、この世界で生きる俺の武器になる。

 しかも俺はまだホワイトロリータしか出していない。

 ブルボンには、豊富なお菓子のラインナップが揃っている。

 ルマンドやエリーゼ、アルフォートなど、万人をとりこにしてきた百戦錬磨ひゃくせんれんま手練てだれれが控えているのだ。


 ホワイトロリータを出したことで、村の人達の俺を見る目がはっきりと変わった。


「あなた様は、魔法使い様なのですね」

「魔法を使えるなんて、すごい!」

「こんな魔法、初めて見ました!」

 みんなが口々に言う。

 女性陣がうるうるした目で俺を見た。

「ああ、ありがたや、ありがたや」

 俺をおがむお婆さんまでいた。


 なんだこの、魔法使いに対する過度なリスペクトは…………


 でも、考えてみれば、村の人達が「魔法」って言葉をこんなふうに自然に受け入れてるってことは、この世界には確かに魔法が存在するってことだ。


 この世界は、「剣と魔法の世界」なのだ。


 中世ヨーロッパ風で、なおかつ、剣と魔法の世界。

 これって、まさしく俺がやってきたゲームの世界じゃないか。



 まあとにかく、ホワイトロリータのおかげで不審者扱いからは逃れられた。


「さあ、お兄ちゃん。エリーのお家はこっちだよ」

 満足したエリーちゃんが俺の手を引いた。


 エリーちゃんの、この、勝ち気な妹キャラ、嫌いじゃない(むしろ大好物です)。

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