第3話 再会


「エリー! どこに行ってたんだ! お父さんもお母さんも、心配したんだぞ!」

 男が、胸に飛び込んで来たエリーちゃんを受け止める。

 そして、その小さな体をギュッと抱きしめた。

 身長180㎝くらい、腕や首回りが太いがっちりとした体格の人で、年齢は三十台前半だろうか?

 状況からして、たぶん、エリーちゃんの父親だと思われた。


「ごめんなさい!」

 エリーちゃんの目から大粒の涙がこぼれる。

「ごめんなさい、ごめんなさい!」

 ここまで我慢してたんだろう涙があふれ出た。


「よかった! なにもなくて、本当によかった!」

 もう一人、二十台半ばの優しそうな女性が近づいてきて、後ろからエリーちゃんに抱きついた。

 青い目で金色の髪をしてるその女性は、どことなくエリーちゃんの面影がある。

 きっと母親なんだろう。


 三人は固い包容で無事の再会を喜び合った。

 三人とも大粒の涙を流している。

 それを見ている周囲の人達もホッとした表情を見せた。

 そこここから、鼻をすする音が聞こえる。


 俺、どうにか迷子のエリーちゃんを救うことができたらしい。


「エリー、このお兄ちゃんに助けてもらったの。このお兄ちゃん、すっごい魔法使いさんなんだよ」

 泣きべそのエリーちゃんが俺を指した。


 そこにいる人達が俺に注目する。

 二、三十人の男達が、俺のこと頭のてっぺんから爪先まで、値踏みするように見た。


 やばっ。


 パーカーにジーンズ、それにスニーカーっていう俺の服装は、この世界ではいかにも怪しい。

 ここにいる人達は、チュニックっていうか、いかにも中世って感じの服を着ている。

 みんな顔付きも彫りが深いし、目が深い青色だし、俺は明らかに浮いていた。

 浮きまくっている。

 どこから来たって問われて、召喚されて他の世界から来ました、なんて言ったら、変人扱いされるだろう(ホントのことなんだけど)。


 集まってる人の中には、やりや弓みたいな武器を持っている人がいた。

 かまくわみたいな農機具を手にしてる人もいる。


 この人達に囲まれたら、逃げ場がない。


 すると、人垣の中から六十絡みの年配の男性が出てきて、俺の前に立った。


「どなたか存知あげませんが、孫娘が大変お世話になりました」

 そのお爺さん、俺にその白髪頭を下げる。


 エリーちゃんのお爺さんだったらしい。


「私は、このサバルカ村の長をしております。孫娘がいなくなって、これから村の者総出で森へ捜索に出ようとしていたところでした。本当に助かりました。感謝の言葉もございません。ありがとうございました」

 お爺さんはもう一度深く頭を下げた。


 エリーちゃん、村長の孫娘だったのか。

 こんな強力なバックがいたとは……


「いえ、あの、俺、森で偶然エリーちゃんを見付けただけですから」

 村長さんに言って頭を上げてもらう。

 ひとまず、不審者扱いからは逃れられてホッとした。


「魔物やオオカミが跋扈ばっこする森の中で、孫娘が無事に帰ってこられたのは奇跡です」

 村長さんが両手で握手を求めてくるから、俺もそれに応じた。


「いや、そんな…………」

 ま、まぁ、それほどでは……あるんだけど。


「ありがとうございます」

「ありがとうございます」

 村長さんに続いて、エリーちゃんのお父さんとお母さんも、こっちが申し訳なくなるくらい頭を下げた。


「あなた様は旅の方とお見受けしますが、どちらからいらっしゃったのでしょう?」

 村長さんが訊く。


「ああ、えっと、その…………ずっと、ずっとずっと遠い村から…………」


 ヤバイ。

 こういうときなんて答えるか、言葉を用意してなかった。


「失礼ですが、お顔付きから察するに、ペコー汗国はんこく辺りのご出身でしょうか?」


 ん? なんだその、ペコー汗国って?


「ええまあ、そんなところです……」

 「ペコー汗国」がなんなのか分からなかったけど、とりあえず頷いておく。


「お名前を伺ってもよろしいですか?」

「ああ、あの、俺、たちばなタイジっていいます」

 咄嗟とっさのことで本名を言ってしまった。


「なるほど、変わったお名前だ」

 村長さんは頷いて、納得してくれたようだ。

 話の流れからすると、村長さんが言う「ペコー汗国」っていうのは、この世界で俺みたいなアジア系の人種が住んでる国なんだろうか?

 この世界にはここみたいなヨーロッパ系の人種だけじゃなくて、いろんな人種がいるのかもしれない。


「ところでタチバナ様、今宵こよいの宿はもうお決まりですか?」

 気がつくと日が傾いて、辺りは薄暗くなっていた。

 エリーちゃんの捜索に出ようとしてた人達は皆、それに備えて松明やランプを手にしている。


「いえ、まだです……」

 宿を決めるどころか、まだここがどこかも分かってない俺。


「それでは、ぜひ、うちへお立ち寄りください。粗末ではありますが、寝床と、暖かい食事などご用意させて頂きます。私共に、孫娘を救って頂いたお礼をさせてください」


 マジか……


 願ったり叶ったりっていうのはこのことだ。


「そ、そうですか? では、お言葉に甘えて、お世話になります」

 今度はこっちが頭を下げた。


 これで、野宿しなくてすむ。


 あのままだったら俺は今頃まだ森の中にいただろうから、エリーちゃんと出会ってラッキーだったのは、俺の方なのかもしれない。

 俺がエリーちゃんを助けたんじゃなくて、俺がエリーちゃんに助けられたのだ。


 それに、この村に泊めてもらえば、この世界のことが少しは分かるだろう。

 俺が暮らすことになるこの世界のことが観察できる。


「お兄ちゃん、お家までエリーが連れてってあげる。行こう!」

 エリーちゃんが俺の手を引っ張った。

 さっきまで泣いていたエリーちゃんが、もう元気な笑顔を見せている。


「あっ、ちょっと待って……」

 俺は、エリーちゃんに手を引かれてサバルカ村の門をくぐった。


 どうでもいいけど、「お兄ちゃん」って、すっごく心地良い響きだ。

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