第2話 金色の髪の少女

 そうだよ! これこれ!

 思わず心の中で拳を突き上げた。


 森の中に、エプロンドレスを着た女の子が立っている。

 年格好は元いた世界でいう小学校低学年くらいだろうか。

 金色のさらさらした髪が肩まで伸びていて、瞳が濃い青色をしている女の子だった。

 肌の色が白くて、彫りの深い日本人離れした顔立ちをしている。


 これなんだよ、これでやっと異世界感出てきた。



「お嬢さん、どうしたの?」

 俺は訊く。


 お嬢さん、とか、言い方が堅苦しかっただろうか?

 だけど、こんな女の子になんて声かけていいのか、全然分かんないし。


「こんなところで、なにしてるの?」

 俺が訊くと、女の子はその小さな手をギュッと握った。

 明らかに俺のこと警戒している。

 まあ、俺は元の世界でもただ道を歩いてるだけで通報されそうになってたし、無理もなかった。


「一人かな?」

 猫なで声で訊く。

 すると、ギュッと手を握っていた女の子が、さらにその小さな口まで固く結んで黙り込んでしまった。


 俺のことを完全に拒絶したみたいだ。


 その青い瞳に涙が浮かんでくる。

 今にも零れ落ちそうな大粒の涙が溜まった。


 俺、彼女を泣かせちゃったかもしれない。


 どうしよう、どうすればいいんだ…………

 オロオロする俺。


 だけどそのとき思い付いた。


 そうだ!

 俺には切り札がある。



 こういう時こそ、ブルボンだ。



「ブルボン、ホワイトロリータ」

 俺は、そう唱えてホワイトロリータを出した。

 包装紙を剥いて、中身を彼女に差し出す。


 だけど女の子は手を出さなかった。

 拳を強く握って固まっている。


 鼻をくんくんさせてて、女の子が甘いバニラの香りにかれてるのは分かった。

 でも、見知らぬ俺と見知らぬ食べ物に対して、警戒心のほうが強いのかもしれない。


 それならと、俺はホワイトロリータをもう一本出して、それを食べてるところを女の子に見せた。


「ほら、おいしいよ」

 女の子に向けて微笑む。


 それでやっと、女の子はホワイトロリータを手に取ってくれた。

 恐る恐る手に取って、俺をまねて包み紙をはがす。


 そして、緊張した面持ちでホワイトロリータの先端を口に含んだ。

 小さな歯が、カリッっとクッキーを噛む。


「おいしい!」


 女の子の白いもちもちとしたほっぺたに、パッと赤みがさした。

 瞳に溜まった涙が引っ込んで笑顔になる。

 一旦口に含むと、女の子は、ポリポリと瞬く間に一本、ホワイトロリータを食べてしまった。


 やっぱ、やっぱブルボンだな。


 ブルボンのお菓子は、世界どころか、異世界でも通用するらしい。

 あまねく少女を笑顔にするのが、ブルボンのお菓子なのだ。



「こんな森の中で、どうしたの?」

 女の子が落ち着いたところで俺はやんわりと訊いた。

 すると、今度は警戒を解いて答えてくれる。


「あのね。エリー、迷子になっちゃったの」

 言いながら、ジワッと涙がぶり返してくる女の子。

 この子の名前はエリーっていうらしい。


「そっか」

 俺は優しく頷いた。


「お母さんのお手伝いがしたくって、森にきのこ取りに来てたら、おうちに帰る道がわからなくなっちゃって……」

 せっかく引っ込んだエリーちゃんっていう女の子の涙が、また溢れた。

 この子、きのこ取りに夢中になる間に深い森に迷い込んだのか。

 お母さんの手伝いってことは、この子には家族がいるらしい。

 そして、この世界でも普通に家族単位の生活が営まれているのだ。


「それじゃあ、お兄ちゃんが一緒におうちを探してあげるよ」

 俺はエリーちゃんを慰めるように言った。


「ホント?」

 エリーちゃんが俺を見上げる。


「うん、二人で探せば、早く見つかるからね」


「うん、お兄ちゃんありがとう!」

 いきなりエリーちゃんが俺の手を握ってきて、一瞬、びくっとした。

 それに応えて手を握ったら、通報されないだろうか、そんなことを考えて辺りを見渡す。


 むろんここは森の中で、誰が見ているわけでもなかった。


 恐る恐る握る手に力を入れると、エリーちゃんがぎゅっと握り返してくる。

 その手が小刻みに震えていた。


 エリーちゃん、森の中に一人きりで、相当不安だったんだろう。

 こんなに小さい子が一人っきりでそれに耐えていたのだ。

 なんだかそれがいじらしかった。


「ブルボン、ホワイトロリータ」

 俺はもう一度唱えてホワイトロリータを出した。

 それをエリーちゃんにあげる。


「お兄ちゃんは、魔法使いさんなの?」

 俺が虚空こくうからホワイトロリータを出すところを見ていたエリーちゃんが訊いた。


「うん、お兄ちゃんは偉大な魔法使いなんだ。だから心配することないよ。魔物が来てもやっつけちゃうからね」


「本当に?」


「うん、お兄ちゃんは魔王のところに行って、ヤツを倒して、囚われの巫女みこさんを助けるために、遠い国から来て旅をしているんだ。その辺の魔物なんて、簡単にやっつけちゃうよ」

 大袈裟おおげさに言ったけど、これは少女を安心させるための嘘だから許されると思う。


 俺の言葉に、エリーちゃんが「うん!」って微笑んだ。

 エリーちゃんの手の震えが止まっている。


 あれ?

 そういえば俺、彼女と言葉が通じていた。


 あの巫女さんが、言葉が分かるように俺の脳に魔法をかけてくれるって言ってたけど、そっちもちゃんと機能してる。

 この世界の住人とも意思疎通ができた。


 あの巫女さん、やっぱ本物中の本物だった。

 返す返すも、異常者扱いして悪かったと思う。



 さてと、エリーちゃんに任せろって言ってはみたものの、これからどうしよう。


 そうだ、こういうときは川を探すんだ。


 たしか、デ○スカバリーチャンネルとかで言ってた気がする。

 人が生きるには水が必要だ。

 だから集落や村は川沿いにできる。

 故に、森の中で迷ったら川を探して、それを下れば人里にたどり着く。

 それは俺がいた世界でも異世界でも変わらないと思う。



 俺はエリーちゃんと川を探して森を歩いた。

 獣道、というか、草木に隙間があって道のようになっているところを選んで歩く。

 エリーちゃんに合わせて、ゆっくり歩いた。


 薄暗い森の木々は、元いた世界にあった植物の植生とたいして変わらない気がする。

 あんまり植物の名前とか知らないけど、たぶん、ブナっていう広葉樹の森だと思う。

 そして、歩きながら引っかかる蜘蛛の巣とか、ブンブンうざい羽虫とかも同じだった。


 森を歩くあいだ、エリーちゃんは俺が知らない歌を口ずさんでいる。

 異国、っていうか異世界のメロディが耳に新鮮だった。

 だけどエリーちゃん、楽しくて歌が口をついたっていうより、心細さを誤魔化すために歌って自分を奮い立たせてるって感じだ。


 そうして三十分も歩いただろうか?

 やがて前の方が明るくなってきた。

 そっちで森が開けている。


 開けた方に向けて進んでいくと、ようやく水音が聞こえてきた。

 どうにか川に行き当たったらしい。


 さらにしばらく歩くと、ジャンプすれば飛び越えられるくらいの細い小川に行き着いた。

 澄んだ水が静かに流れる、ゆったりとした川だ。


「お兄ちゃん、エリー、この辺知ってるよ。前に遊びに来たことがあるの」

 川を眺めたエリーちゃんが言った。


「そっか、じゃあ、エリーちゃんの家も近いかもしれないね」

 俺が言うと、エリーちゃんのほっぺたの赤みが増す。



 川沿いを下りながらもう十分くらい歩いたら、遠くに木で作った壁のようなものが見えてきた。

 明らかに自然にできたものとは違う、人の手による構造物だ。

 近付いてみると、その壁はかなり広範囲に渡っていた。

 高さが3メートルくらいあって、太い丸太を柱にしてある、かなり頑丈そうな壁だ。

 壁の向こうにいくつもの屋根が見えるから、中に集落があるんだと思う。


 それを見て、人里に辿り着けたという安心感と共に、疑問も浮かんできた。


 こんな壁を作るってことは、なにか侵入者を恐れてるんだろうか?

 それが、あの巫女さんが言ってた魔物なのか?



「エリーのおうち、あの中だよ!」

 いよいよエリーちゃんの声が弾んだ。

 そして俺の手を引っ張ってどんどん歩いて行く。


 壁には、出入り口らしい門が設けられていた。

 太い丸太で組んだ頑丈そうな門だ。


 門の前に、二、三十人の男達が集まっている。

 誰もが彫りが深い顔をしていて、金色の髪だったりブラウンの髪だったり、異国の雰囲気がぷんぷんした。


「パパー!」

 エリーちゃんが俺の手を放して、一人の男に向けて走っていく。


「エリー!」

 声に気付いた男が振り向いて応えた。


 胸に飛び込んでくるエリーちゃんを、その男が受け止める。

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