第一章

第1話 異世界?

 光に包まれて目がくらんだ。

 その光が弱くなって視界が元に戻ると、俺は森の中にいる。

 さっきまで目の前にあったコンビニの棚はないし、あのレジのお姉さんも消えていた。


 あれ? マジか…………


 俺は一瞬にしてどこかに飛ばされていた。

 どうやら、あの巫女とかいう人が言ってたこと、あながち嘘でもなかったらしい。


 目の前は木々の緑で覆われていた。

 俺は今、かなり深い森の中にいるんだと思う。

 見渡す限り木や草ばっかりで、人工物は見えなかった。

 遠くからのんびりとした鳥の声が聞こえる。

 空は青空で、枝葉の間から木漏れ日がキラキラと差し込んでいた。



 ってか、分かりづらっ!



 異世界なら異世界で、もっと、大きな城とか、中世ヨーロッパっぽい町並みとか、一目でばーんって異世界って分かるところに召還しょうかんしてくれればいいのに。

 いきなり目の前にドラゴンとかいて炎を吹いてたら分かりやすいのに。

 初期スポーン地点が森って、どうにかならなかったんだろうか?

 いまいち、異世界に来たって実感がなかった。


 そうだ、もしここが元の世界じゃないなら……

 俺は、パーカーのポケットに突っ込んでたスマートフォンを取り出す。

 その画面を見てみた。


 スマホに電波は来ていない。

 ネットも電話も繋がってなかった。

 当然、地図アプリも使えない。


 ってことは、やっぱり異世界に飛ばされたんだろうか?


 まあ、元の世界で電波が届かない場所に飛ばされただけって可能性もあるけど、そこはどうなんだろう?


 バッテリーが減るのがもったいないから、スマホの電源は落としてポケットに仕舞った。



 さて、これからどうしよう?

 俺は考える。


 とりあえず、この森を抜けて人とか民家があるところまで行こうか。

 そこで、ホントにここが異世界なのか確かめて、対策はそれから立てるのがいいかもしれない。

 もしホントに異世界なら、この世界が俺が元いた世界とどれくらい違って、どれくらいの文明レベルかを知る必要がある。

 それに、このままこんな森の中にいたら、けものとか、あの巫女って人が言ってた魔物とかにばったり出くわすかもしれない。

 そんなのに囲まれたまま夜になったら大変だ。


 そうだ、まずは人がいるところへ行こう。


 俺はそう考えて、もう一度辺りを見渡した。


 いやまてよ、それより俺に例の能力はあるんだろうか?


 例の能力。


 ブルボンのお菓子が自由に手に入るっていう力。

 神から与えられし能力。


 まずはそれを試してみるべきだろう。

 なにしろそれは、俺がこの世界に生きる上で与えられた、唯一のアドバンテージなのだ。

 自慢じゃないけど、俺は体格も人並みだし、体力も人並みだし、頭も人並みで、顔だってフツメンだ(少なくとも自分ではそう思っている)。


 それでえーと、お菓子を出すにはどうしたらいいんだろう?



 …………



 マズい。

 能力をどうやって発揮するのか、その説明は聞いてなかった。

 あの巫女、なんの説明もしないで俺を召喚したし。


 仕方がないから、とりあえず俺は、頭の中にブルボン製品を思い浮かべてみた。

 具体的に、ホワイトロリータを思い浮かべて念じてみる。


 あの、細長くて角が丸い、優しい形。

 ホワイトチョコでコーティングした白の上に浮き上がる、クッキー生地の波打つような模様。


 俺はそれを強く念じる。



 …………



 だけど、念じても特になにも起こらなかった。

 しばらくたっても何も起きずに、俺はただ森の中に馬鹿面ばかづらで立ってるだけだ。


 だったらこれは、口に出して唱える系か。

 呪文みたいに口に出して唱えたらいいのか。


 俺はそれを口にしてみる。


「ブルボン、ホワイトロリータ」


 果たしてそれは正解だったらしい。


 ホワイトロリータって口にした瞬間、俺の頭のちょっと上の辺りにぽっかりと黒い穴が開いた。

 吸い込まれそうなくらい真っ暗で、虚無みたいな穴だ。

 そこから何か降ってくる。

 反射的に手を伸ばして掴むと、それは一本のホワイトロリータだった。

 包装紙に入ったままのホワイトロリータが、俺の手に握られている。


「まじか……」


 俺は包装紙を剥いて、恐る恐る食べてみた。

 まちがいない、ホワイトロリータだ。

 サクサクなクッキーと、芳醇ほうじゅんなバニラの香り。

 クッキーに刻まれた波模様の間にホワイトチョコが溜まって、舌先に甘さの濃淡を作る、絶妙な造形。

 俺がブルボンのお菓子の中でも特に愛して止まない、あのホワイトロリータそのものだった。


「ブルボン、ホワイトロリータ」

 もう一度唱えると、もう一本ホワイトロリータが落ちてくる。


「ブルボン、ホワイトロリータ」

 もう一回唱えると、また落ちてきた。


 すげー、あの巫女、本物じゃん。

 あの巫女、マジ巫女だった。

 今さらながら、ヤベー人扱いして申し訳なかったと思う。

 もうちょっとまじめに話を聞くべきだったって反省した。


 とにかく俺は、ホワイトロリータを出しては黙々と食べる。

 腹も減ってたしちょうどよかった。

 ポリポリと、無心にホワイトロリータを食べる俺。

 だけど、そうして食べてるうちに、途中から一本一本出すのが面倒になってきた。


 特別な能力ってわりには、なんかちまちましている。

 特別感がない。


 どうにか一気にまとめて出す方法はないだろうか?


 そうだ、今まで小声で言ってたけど、大声出したらそれだけたくさん出てくるとかないかな?


 よし、さっそく実験だ。


「ブルボン、ホワイトロリータ!」

 俺は、さっきより大きな声を出してみた。


 するとどうだろう、一気に三本のホワイトロリータが降ってくる。


 やっぱそうだ。

 大正解だった。


「ブルボン! ホワイトロリータ!!!」

 さらに大きな声で叫ぶと、今度は一袋丸ごと落ちてくる。

 なるほど、声の大きさに比例してたくさん降ってくる仕様か。


 この能力、親切設計すぎるだろ……


 袋を開けると、中には確かにホワイトロリータが詰まっている。

 つまり、幸せが詰まっていた。


 よし、それなら、もっと大声で、もっと抑揚よくようをつけて唱えたらどうなるんだろうか。

 とんでもないことが起きるのかもしれない。


 俺は、思いっきり息を吸って肺の中に空気を溜めた。

 限界まで溜め込む。

 そして、それを一気に解放した。



「ブルボゥンヌ、ウワイトゥー、ロヒィィィトゥァァァァァァァァァァァァァァ!」



 思いっきり大声で、抑揚をつけて叫んだ。

 抑揚つけすぎて、もはやなんて言ってるか分かんないくらいに。

 なんか、必殺技の名前に聞こえないこともない。


 俺の声に驚いて、周囲の木々に止まっていた鳥が、バサバサと一斉に飛び立った。

 一陣の風が吹いて枝木が揺れる。



 そのあと俺が目にした光景は、まさしく奇跡だった。



 空からホワイトロリータの雨が降ってきた。

 袋に入ったままのホワイトロリータの土砂降りだ。

 俺はホワイトロリータの雨に打たれる。


 ここは、異世界じゃなくて、天国ですか…………


 俺は落ちてきたホワイトロリータを一つ残らずかき集めた。

 すぐにホワイトロリータの山が出来る。

 ホワイトロリータの山に囲まれるって、子供の頃夢見た光景だ。

 いつか大人になったら、ホワイトロリータを買い占めて埋もれながらそれをむさぼる、子供の頃の俺は、そんなことを考えていた。


 すげー、俺、最強の能力を手に入れたかもしれない。

 この能力を神にお願いして良かった。

 少なくとも、剣を扱う能力とか、攻撃魔法の能力なんかよりは断然使い道がある。

 俺は、満足しながらホワイトロリータをむさぼった。


 あっ!


 だけどそうだ、他のはどうだろう?


 確か俺は、ブルボン製品が自由に手に入る能力って神様にお願いしたのだ。

 だとしたらホワイトロリータだけじゃなくて、他のお菓子も出てくるはずだ。

 ブルボンには、充実したお菓子のラインナップが揃っている。


 よし、さっそく試そう。


「ブルボン、ルマンド!」


「ブルボン、ルーベラ!」


「ブルボン、バームロール!」


「ブルボン、エリーゼ!」


「ブルボン、東京アルフォート、さくら!」


「ブルボン、チョコあ~んぱん」


「ブルボン、チーズおかき!」


「ブルボン、味ごのみ!」


「ブルボン、プチシリーズ、たらこバター!」


「ブルボン、グミモッツァ、グレープ味」


 俺は立て続けに唱えた。

 すると、声に出した製品が次々に降ってくる。

 森の中で俺は、無数のブルボン製品に囲まれた。


 すすす、すげえぇ。


 甘いお菓子もしょっぱいお菓子も自由自在だ。

 これなら、甘いのとしょっぱいので、無限に食べられるじゃないか。

 ブルボンのお菓子で腹一杯になれる。

 それに、東京駅限定で販売されている「東京アルフォートさくら」まで出てきた。

 この能力はすべてのブルボン製品に対応してるらしい。


 これこそ最強の力だ。

 まさに神業だ。


 ふぅ。


 とりあえず、これで異世界でもブルボンのお菓子に困ることはなくなった。

 こっちの世界の食事が口に合わなくても、当面食べ物では困らないだろう。


 そうだ!

 これ、こっちで売ってもいいかもしれない。


 まだここがどんな世界かは分かんないけど、ブルボンのお菓子なら異世界でも通用すると思う。

 お菓子を売って、こっちの金を稼いで生活する。

 一財産稼いだら、それで家でも買って、可愛いお嫁さんとか見付けて幸せに暮らすのだ。

 そのうち、愛し合う二人の間には子供ができるかもしれない。

 そしたら俺は、その子のおやつにブルボンのお菓子を出してあげて…………


 って俺、なんで異世界人生設計してるんだろう?


 まあ、それはともかく、これで俺に能力があるのは分かった。

 あとは最初に考えたとおり、人がいるところへ行こう。

 後のことはそれから考えるとしよう。


 そう思って立ち上がったとき、俺のすぐ後ろでガサッと草が倒れる音がした。


 獣か魔物か、俺は振り向いて身構える。


 するとそこには、エプロンドレスを着た金色の髪の女の子が立っていた。

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