第6話 獣の群

「オオカミだ! オオカミの群れが出たぞ!」

 寝静まった村にそんな声が響いた。

 切羽詰せっぱつまった男の声だ。


 うつらうつらしてた俺は、寝ぼけたままベッドの上で起き上がる。

 窓の板戸を開けて外を見ると、松明たいまつを持った人達が村を囲む壁の方へ走って行くのが見えた。


 「オオカミ」って聞こえたけど、オオカミって、あのオオカミだろうか?


 俺は急いで靴を履いて、パーカーを羽織る。

 村長さんやエリーちゃんのお父さんが家を出て行くところだったから、俺もその後を追った。



 村を囲む木の壁は、内側にぐるっと足場が渡してあって、高い位置から外を見渡せるようになっている。

 所々に、その足場に上るための梯子はしごが掛けてあった。

 村の男達は足場の上から外の様子を見ている。

 みんな、弓とか槍とか、思い思いに武器を手にしていた。


 村長さんが足場に上ったのを見て、俺もその後に続く。

 足場の高さは二メートルくらいで、暗いこともあってかなり怖かった。


「ああ、魔法使い様、夜更けにお騒がせして申し訳ありません」

 村長さんが場所を譲ってくれて、俺はその隣に並ぶ。


 壁の外は真っ暗でなにも見えなかった。

 松明の火も、かろうじて壁の外側、一、二メートルを照らすだけだ。


 月明かりに目が慣れてくると、暗闇の中には草原や畑があって、その奧に深い森の木々が広がってるのが分かった。


 そんな畑の上を、四本足のけものの群が歩いている。

 その、シルエットだけが見えた。


 あれがオオカミなのか。


 大小様々三十匹くらいいて、大きい奴なんか軽自動車くらいあるんじゃないかって思うくらい大きかった。


 群れなすオオカミは人間が作った道や畑なんて眼中にないって感じで、自由に動き回る。

 壁の後ろに隠れてる俺達を威嚇いかくするように、時々壁に近づいては引いていった。

 松明の灯りの中に、その灰色の毛並みが見え隠れする。


「この奧の森に住んでいるオオカミの群れです」

 隣で村長さんが説明してくれた。


「以前は、このように人里には現れず、相当森深く入らない限り出会うこともなかったのですが、最近では、このように群れを成して森から出てくるようになりました。奴らの住処すみかが魔物にでも奪われて、やむなく出てきたのではないかと話していたところです」

 村長さんがまゆをしかめる。


「領主様に対処をお願いしたところ、退治のために騎士様を派遣してくださるとのことだったのですが、国中至る所に魔物が出没するような昨今、中々こちらまで手が回らないようで、一向に来て頂けないのです」

 声を落とす村長さん。


 やっぱり、元の世界と違ってこっちは色々と厳しいらしい。

 この村の人達みたいに質素にただ生きていくだけでも、相当苦労するのだ。

 あの巫女さんが異世界から誰かを召喚したくなるのもこんな事情からなんだろうか。


 でも…………

 あれ?

 ん?


 しばらく群れを眺めてたら、一瞬、オオカミと一緒に人がいるように見えた。

 いや、確かに人だ。

 群れの中に二本足で立つ人影が見える。

 目の錯覚かと思って凝視ぎょうししてみたけど、やっぱりそれは人間だった。

 小柄ですばしっこくて、どうやら子供みたいだ。


「気がつかれましたか?」

 村長さんが訊いた。


「あの群れには、オオカミと共に一人の少女がおるのです」


「女の子が?」


「はい、オオカミの群れに帯同たいどうし、オオカミのように俊敏しゅんびんで、オオカミのように吠える少女がおります。野生の少女です。森で襲った旅人の赤ん坊を、オオカミが育てたのでありましょうか? とにかく、あの群れには人の子供がおります。ですが、もはやあの少女は、人のたぐいではないのかもしれません。もう、オオカミになってしまったのかもしれません」



 いやそれ、だよ!



 って突っ込みが喉元まで出掛かった。

 でも、我慢した。

 ここではそれを言っても通じないと思うし。


 女の子は、大体、小学校高学年から中学生くらいだろうか。

 長い髪はぼさぼさで、顔がすすけている。

 体には茶色い獣の毛皮みたいなものを身にまとっていた。


 彼女は二本足と四つん這いを使い分けて、器用に動き回る。

 村長さんが言うように、オオカミの群と同化して、オオカミのように振る舞っていた。

 だけど、ケモナー歓喜のケモ耳を付けた獣人じゃなくて、確かに人間ではあるようだ。



「しかし、襲ってきませんね」

 オオカミの群は村の周りをうろうろしてはいるけど、一向に壁の中に入って来る気配はなかった。

 こっちの様子を窺ってるっていうか、こっちの対応を探ってるっていうか。


「はい。奴らはああやってこの村の周りに出てきては、我らを威嚇するように徘徊するばかりで、今のところ、襲ってくる気配はないのです。今のところ、オオカミによる怪我人や犠牲者も出てはいません。しかし、奴らのせいで自由に森や畑に出られず、狩猟にも農作業にも難儀しております」

 確かに、こんな群が出てくるようだと、壁の外に出るのはかなり勇気がいる。

 農作業にも狩りにも出たくない(いや俺、元々引き籠もってたわけだけど)。


 俺、やっぱりこの村にいたら悪いような気がしてきた。

 ただで食事や寝床を世話になってるのが申し訳ない。


 早いうちにここを出て、もっと大きな街に行くべきかもしれない。

 いつまでも世話になってるわけにはいかないし、それに、いつあのオオカミがいつこの壁の中に入ってくるか分かんないし。



「あのう、魔法使い様」

 俺と村長さんが話してたら、後ろから村人の一人が声をかけてきた。


「あなた様は、魔王討伐に向かわれる偉大な魔法使い様だと聞きました。どうか、その魔法で奴らを追い払って頂けないでしょうか?」

 村人の一人が訊く。

 中年の男性が、必死な形相で俺をおがむようにした。


「お願いします!」

「お願いします!」

「お願いします!」

 辺りにいた村人が俺を囲んで声をそろえる。


 はっ?


「どうか魔法使い様、お願い致します!」


 いや、む、無理だから。

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