第13話 その後の俺達

社長の体温を唇に感じていることが信じられない。


これでもかというほどに心臓が暴れている。


顔を離した時に社長にビンタされたらどうしよう。


さっきまで気持ちが高揚していたが、急に現実に戻ってきて不安になる。


不安な気持ちを隠しきれず、恐る恐る顔を離す。


目に飛び込んできたのは、恥ずかしそうにしている社長の姿。


とりあえずビンタされずに済んで良かった。


今の状態だと俺が勝手に告白して、勝手にキスしたという状況だ。


社長の気持ちをきちんと確認したい。


「その、俺と付き合ってくれるという認識でいいんですよね。」


ムードもへったくれもない聞き方だったが、この状況をクリアにしたかった。


俺の言葉にすぐさま、社長はこくりと頷く。


今までそんな素振りは一切なかったので、この現実に信じられない気持ちだ。


同時に昔から憧れていた人を捕まえることができたことへの高揚感も凄い。


本当は大きな声で喜びたいところだから、大人気ないからぐっと気持ちを抑える。


気持ちを逸らすために、きちんと社長の誤解を解いておこうとパン屋へ行こう。


そっと柔らかい社長の手を握りパン屋へ向かう。


パン屋の目の前で繋いでいた手を話、ドアを開ける。


「ねぇちゃん、勘弁してくれよ。」


社長と手を繋げる関係になったのは、ねぇちゃんのおかげかもしれないが一応文句を言っておく。


しっかり実の姉だということをアピールして社長の誤解を解かなければ。


「洋平、ごめん。お連れ様がいるとは知らず。改めまして、洋平の姉の香奈です。」


「陸、ちょっと来て。」


ここで陸さんが現れたら、俺のねぇちゃんと婚約者ということで完全に誤解は解けるはず。


陸さんがいそいそと奥からやってきて、社長を見るなりペコリとお辞儀をする。


「あれっ、今日も買いに来てくれたの?」


社長と顔見知りのような感じで陸さんが声を掛けている。


「あれっ、陸さんと知り合い?」


驚いて社長に確認する。


「ん?洋平と知り合いなのか?こちらはいつもお待たせしてしまうお客さまだ。」


社長が答える前に、陸さんが口を挟んでくる。


陸さんと社長は店主とお客という関係で知り合いのようだ。


「お客様をお待たせするなんて、よく堂々と言えたもんだ。こちらは俺が働いている会社の社長さん。」


改めて陸さんとねぇちゃんに社長を紹介する。


いきなり家族を紹介されて社長も気が重いかもしれないと思ったが、

このタイミングで紹介しないのは不自然だと思い紹介する。


「そうでしたか、世間は狭いとは言ったもんですね。私はもうすぐ洋平の義兄になるパン屋の店長です。そして、この美人さんがもうすぐ俺の奥さんになる人。」


陸さんがねぇちゃんも含め紹介してくれる。


これで社長の誤解は完璧に解けたとほっとする。


「私の自己紹介はとっくに終わってるわよ。社長さん、先程は大変失礼しました。陸がお店から離れられないから、結婚式の打ち合わせに洋平に来てもらってたことがあったの。ちょうど体系も同じぐらいだから衣装合わせとかも都合がよくて。勘違いしないで下さいね。ところでお名前聞いても良いですか。」


相変わらずズケズケくるねぇちゃんに付き合わせる訳にもいかないと思い、店を出ようと口を開きかけたときに、社長が挨拶をしてくれた。


「申し遅れました。高梨凛と言います。洋平さんとは同じ会社で働いてます。このパン屋さんのクロワッサンの大ファンで時々お買い物させて頂いてます。先程は大変失礼しました。」


大ファンと言われて陸さんは嬉しそうにしている。


「凛ちゃんって呼んでもいいかしら。」


「もちろんです。」


これ以上社長を付き合わすわけにもいかなかったし、ねぇちゃんが変なことを言わないか不安だ。


それに早く二人きりになりたい。


店を出ようと社長を誘う。


「社長、そろそろ出ましょう。」


俺の言葉に対し、ねぇちゃんが睨んでくる。


「折角うちの店のファンだって言ってくれてるのに手ぶらで帰すわけにはいかないわ。」


社長への手土産にするつもりなんだろう、ねぇちゃんは手早くパンを袋に包み始める。


「あんまり役に立たない弟だろうけど、これからもよろしくね。」


「役に立たないなんてめっそうもないです。色々助けて貰ってます。」


社長にそう思ってもらえてると思うと嬉しくて口元が緩む。


「ところで、洋平。凛ちゃんって、あんたが昔から綺麗だのカッコイイだの大騒ぎしているサーファーの子に似てない?」


急にぶっこんできたねぇちゃんに冷や汗が出る。


「ねぇちゃん、その話はいいから。」


慌てて社長を店の外に連れ出そうとする。


「香奈さん、私もよくこの海でサーフィンするんですよ。似ている人がいるなんて面白いですね。」


そんな俺にお構いなしに社長は、ねぇちゃんと会話を続ける。


「ということは。洋平の慌てぶりを見ると。」


ねぇちゃんがニヤニヤしている。


俺の憧れの人と、社長が同一人物だと気付いたようだ。


これ以上ここにいると、全部暴露されそうだ。


今度こそ社長を店の外に出そうと、社長の腕を掴む。


「ねぇちゃん、余計なことはいいから。さ、社長そろそろ行きましょう。」


俺達が店の外に出ようとしていると、お構いなしにねぇちゃんが爆弾を落とす。


「凛ちゃん。洋平は昔から凛ちゃんのことよく見てたわよ。それはそれは綺麗だの美人だのカッコイイだの言って、いつも遠目から見てたわよ。まさかこんな形で知り合いになってるとは思わなかったわ。またお店に寄ってね。」


余計なことを言うなよと、ねぇちゃんに怒りが込み上げる。


さっきのねぇちゃんの言葉が社長も気になるようで、俺に聞いてくる。


「相馬さん、さっきのことどういうこと?」


「ねぇちゃんが何か勘違いしているみたい。気にしなくていいですよ。」


「相馬さんが教えてくれないなら、香奈さんに聞きにいく。」


と言いながら、再び店の中に戻ろうとするので、それだけは勘弁してほしくて引き留める。


「分かった、分かったよ。俺が話すから。」


正面切って話す自信がなかったから、社長の手を握り海辺を歩く。


「俺の話聞いても引かないで下さいね。」


「分かりました。どういうことですか?」


「陸さんとねぇちゃんと3人でよくこの海でサーフィンしてたんだよ。時々社長を見かけて綺麗でカッコイイ人だなと思ってたら、展示会でも見かけて同業者かなと思ってたんです。」


社長は何も言わない。


何も言わないから引いてるのかすら分からない。


ここまで話したから最後まで話そう。


「そんな時、社長の会社で秘書を募集しているのを耳にして、どんな人なのか気になって秘書に応募して今に至るっていうこと。」


恥ずかしすぎて社長をまともに見ることができない。


社長はくすりと笑うと俺の顔を覗き込む。


「相馬さん、まるでストーカーですね。」


「社長、それはないでしょ。」


「そんな昔から知ってるなら声かけてくれればいいのに。」


「高嶺の花すぎて、俺なんか相手にされないだろうと声もかけられなかった。仕事で近づくようになって、気持ちが抑えられなくなってきたんだ。」


今手を繋いで歩いている現実を感じたくて、繋いだ手に力を籠める。


「相馬さん。」


呼ばれたので、社長の方を振り向く。


「何?」


と言ったのと同時に唇に社長の体温を感じる。


これは反則だ。


「社長、今のは社長が悪い。俺をその気にさせたのは社長だ。」


「どういう意味?」


小悪魔なのか天然なのか、俺の言葉の意味を理解していないようだ。


「どういう意味かほんとに分かってないの?俺の家に着けば意味が分かるよ。」


社長は言葉の意味を理解したのか、どんどん顔が赤くなってくる。


「その顔も反則だね。さぁ、俺の家に行くぞ。」


社長と手を繋いでいる影を見ながら、改めて幸せな気分になる。


長い夜になりそうな期待を込めて、俺は家に向かう足を速めた。


ーENDー

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