第11話 意識して欲しい
結局中々眠れないまま月曜日の朝を迎えてしまった。
何度もスマホをチェックしてしまうものの、社長からの連絡はなかった。
寝ずに考えた結果、社長に会っても既読スルーの件は俺からは触れないでおく。
俺のプライドもあったし、自分から触れて振られるのも空しい。
気怠い体に鞭をむってベッドから出る。
食欲は無かったので、水を一杯飲んでから家を出る。
いつも通り会社に行き、まだ出社していな社長のデスクを眺める。
妙な緊張感が全身を走る。
社長と顔を合わせてもいつも通りに接しよう。
頭の中でいつも通りのシミュレーションをしながら、社長が来るのを待つ。
社長の香りが鼻を掠める。
出社してきたようだ、ドキドキする心臓を抑えようとするも、そう簡単には言うことを聞かない。
平常心でと自分に何度も言ってから、社長に挨拶をする。
「おはようございます。社長。」
こんな時に限って社長に決済してもらう書類がある。
ドキドキと気まずさを抱えて、社長のデスクに近寄る。
ちょうど別の従業員が社長に声をかける。
どうやら急ぎの用事のようだ。
社長は俺の方をちらっと見ると直ぐ目線を外して、俺に下がるよう指示をする。
「急ぎの用事ですか?先にあっちの問題を解決したら、また声をかけさせてもらうので。」
そう言うと社長は別の従業員と共に行ってしまった。
自分の運の悪さを呪いたくなるが、望んでもいないのに次から次へと社長に確認しないといけない用事が出てくる。
毎度複雑な気持ちになりながら社長に確認しようと近付くものの、社長は用事を作っては俺の話を聞こうとしない。
まるで避けられているかのようだ。
自分から既読スルーをしておいて、まるで俺が悪いみたいな感じで避けて来る社長の態度に段々イライラしてくる。
おまけに社長の決済が取れないがために、仕事がどんどん遅れていく。
そのイラつきから、避けられる度に社長を睨んでしまう。
時計を見ると、あと少しで昼休みになろうとしていた。
とんでもなくストレスを感じる午前中だった。
社長に視線を向けると、どこかへ行こうとしているのか席を立ってエレベーターの方へ向かっている。
散々昨日寝ずに悩んで、自分からは既読スルーの件については触れないつもりだったのに、気付いたら俺も席を立っていた。
今朝からの会話できっと社長は生地のサンプルを見に倉庫に行くはずだ。
階段で先回りして、倉庫の手前にある会議室に入り社長を待つ。
自分は何をしているんだろうかと思いながらも、高ぶる感情は抑えられなかった。
心臓がどくんどくんと音をたて、変な汗も出て来る。
自分がどうしたいのか、この後の展開は俺にも分からない。
自分の心臓の音の他に足音が耳に入ってくる。
足音が近くなったところで扉を開けてみる。
予想通り、社長が目に入る。
本能のまま社長の腕をぐっと掴み、会議室の壁に押し付ける。
左手で社長の腕を壁に押し付けて、右手でドアの鍵を閉める。
自分を全く制御できない。
社長を目の前にすると、散々午前中無視された鬱憤が湧き出てくる。
もう無視できなくなるように、俺を見てもらうために社長の顔の横に右手をつき、睨みつける。
社長はそんな俺をお構いなしに、俺に負けずとも劣らない目で俺を睨みつけてくる。
「ちょっと、何の用ですか。」
強気な社長にイライラする。
「何の用ですか、じゃありませんよ。こうなってる理由は社長が一番分かっているかと。今日俺のことずっと避けてますよね。」
「そんなことないですけど。」
この期に及んですっとぼける社長にイライラが爆発する。
「ねぇ、俺にいう事ない?」
「何でしょうか。仕事のことで連絡漏れとかはないかと思うけど。何か忘れてましたか。」
まだとぼける社長にイライラして、語気が強まる。
「仕事のことじゃない。俺達のプライベートなことだよ。」
「俺達って何よ。土曜日、朝早くからありがとうございました。気分転換ができて良かったわ。」
「お礼が言って欲しいんじゃないんだけど。」
俺を意識して欲しくて、顔をぐっと近づける。
社長は俺を見ず、顔を横にずらす。
そうはさせないと、社長の顔をつかみ、再び俺の方に顔を向かせる。
社長の顔を触っている手に熱が帯びてくる。
「あんまり悪いことしちゃだめでしょ。なんで返信しないの。」
それでも俺を見ようせず、とぼける社長への怒りで声が低くなる。
「ごめんなさい。色々忙しくて返信しようと思ってたら、すっかり忘れてました。」
「ポップアップも終わったばっかりの休みだから、忙しいわけないでしょ。俺と駆け引きしてるの?」
「駆け引きって何ですか。本当に忘れてただけ。返事なら今します。今週末は土曜日のお昼なら予定がないです。」
「最初からそうやって返信すればいいかと。変な駆け引きはしないで下さい。」
ようやく既読スルーの件の返事を聞けたものの、イライラは収まらない。
「さっきから駆け引き、駆け引き言ってるけど、そんなつもりないので。そもそも、私は相馬さんのセカンドになるつもりは全くないから。」
突然、社長は素っ頓狂なことを言い始め、俺のイライラがスーッと引いていく。
「セカンド?なんのこと?」
「彼女がいるくせに気をもたせるようなこと言わない方がいいわよ。」
社長は一体何を言っているんだ。
俺に彼女なんていないけど、一体何を根拠にこんなことを言っているんだろう。
「彼女?俺に彼女なんていないけど。」
今度は社長がイライラしたような表情になる。
「とぼけないでよ。土曜日はお礼をしてもらってないから、付き合うけど、これ以上はないから。」
怒りを含んだ声で、社長が大きな声を出す。
あまりの社長の剣幕に、社長を掴んでいた手の力が抜ける。
その隙に社長が左腕を振りほどいて腕をすり抜けようとする。
慌てて社長の腕を再度掴み、引き寄せてくる。
社長の誤解を解いておくのと俺を意識して欲しくて、わざと社長と体が密着するように近付ける。
「彼女なんかいない。なんか勘違いしてますよ。土曜日の待ち合わせは後でLINEします。今度は無視しないで下さいね。」
自分から社長を抱き寄せたけど、社長の体温と香で俺の頭はどうかなりそうだった。
急に社長の体温が感じられなくなって、俺から離れたんだと理解する。
鍵が開く音がして、続いてドアを開き閉まる音が聞こえ、社長が外に会議室の外に出たんだと気付く。
一気に体の力が抜ける。
一体俺は何をしているんだ。
さっきまで社長に触れていた手に社長の体温が残っているような気がして、今の出来事が頭を過ぎる。
社長は俺に彼女がいると怒りながら言っていたが、何を根拠にそんなことを言っているのか全く分からない。
倉庫まで社長を追いかけて問い詰める勇気もなく、とにかく今起こしてしまった事に高鳴る心臓に気付かないふりをして、フロアに戻る。
社長は倉庫にいるはずだから、まだデスクには戻っていないと分かっていながらもどきどきする。
社長の姿がまだない事を確認すると、ホッと胸をなでおろす。
ちょうど午後から仕入れ先に行く予定があったから、社長と顔を合わす前に会社を出てしまおう。
行き先を書くために外出ボードに向かう。
今日は長丁場の打ち合わせの予定だったから、直帰とホワイドボードに書く。
いつ社長が戻ってきてしまうかとソワソワしながら身支度を整え、急いで会社を後にする。
会社を出ると新鮮な空気を取り込んで落ち着こうと深く深呼吸をする。
土曜日の約束ができたことは素直に嬉しい。
俺から土曜日の約束をLINEするって言ったけど、俺のことを意識して欲しいから直前まで連絡するつもりはない。
もっともっと俺のことを気にして欲しかった。
この行動の結末がどうなるか分からなったけど、今はこの決断を実行しようと思う。
会議室での出来事が俺のストレスを解消したのか、気持ちが軽くなる。
意気揚々と仕入れ先に向かって行く。
この一週間俺のことを意識してもらう為に、俺の頭の中は今後の計画でいっぱいになっている。
仕入れ先について、長丁場の打ち合わせのはずだったかが、気付いてみればあっという間に終わっていた。
打ち合わせが終わり、仕入れ先を出る。
社長から連絡がきていないか、まず一番にスマホを確認する。
社長から連絡がないことを確認すると、まだスマホに支配されている自分に苦笑いが込み上げる。
同じように社長も俺からの連絡を待ってくれているのかと思いながら、家路につく。
寝ていないこともあって、家に着いた途端、睡魔に襲われる。
急いでシャワーを浴びて、何も食べずに倒れ込むようにベッドに入る。
意識を手放すのに時間はかからなかった。
あっという間にスマホのアラームで朝を迎える。
相変わらず社長から連絡がないスマホを見る。
俺が連絡すると言ったものの、予定の確認をするような連絡がきてもいいのにと思ってしまう。
ここのところ、一方的に社長にアタックしているが嫌がられていないだろうか。
急に不安になってくる。
社長は俺の行動を嫌がるような態度をとっていないような気がするが、好意があるような態度も同時にしていない。
社長にとって俺はやっぱりただの秘書なんだなと改めて思い知る。
朝から最悪な気分を抱えて会社に向かう。
昨日の会議室の事もあるから、社長にどうやって接しようか悩ましい。
会社に着いて、自分のデスクに向かおうと目を向けると既に社長が出社している。
この会社に入社してから、社長より後に出社したことは無いので驚く。
しかもいつも通りの時間に出社しているのに、既に社長がいるということは社長が早く出社してきたということだ。
何かあったのか心配になるものの、このシチュエーションは初めてだ。
会議室の一件もあって、社長と目が合わないようにそっと席に座る。
社長に挨拶をせずに席に座り、パソコンのメールをチェックする。
はたと挨拶をしなかったことに気付き顔をあげるものの、社長は真剣な顔でパソコンを見ている。
完璧に挨拶をするタイミグを逃したようだ。
その後も朝のミーティングでも言葉を交わすことなく、ただ時間が過ぎていく。
お昼休憩に入る、ちょっと前にその瞬間がやってきた。
「社長、明日の予定ですが、先程仕入れ先より面会の申し入れがあり、元々あった約束とどちらを優先させましょうか。」
話かけながら昨日会議室でしでかした事が頭を過ぎり、心臓が大きな音を立てる。
耳の奥で心臓の音が木霊するのを感じながら、社長の返事を待つ。
「そうですね。元々あった約束を優先させたいので、仕入先さんとの約束はその後にずらしてもらって下さい。」
いつも通りの社長に拍子抜けする。
「承知しました。」
俺も負けじといつも通りを装って返事をして、席に戻る。
昨日の出来事に踊らされているのは自分だけかと思うと悔しくなってくる。
お昼を告げるチャイムが鳴ると、悔し紛れに席を立ち、お昼に向かう。
適当なところで食事をして、会社に戻る。
社長はデスクで食事を済ませたようで、パソコンを見ている。
ぼーっと社長を見ていると、次の瞬間、社長がスマホを手に取り画面を確認している。
何か打つわけでもなく、すぐスマホを机の上に置いている。
まさか俺からの連絡がないか確認しているのだろうか。
そう思うものの、直ぐに自分の都合の良い解釈に呆れる。
ところが社長の行動に気付いてしまってから、スマホをチェックしているのか気になってくる。
午後の仕事が始まり、ちょこちょこと社長を盗み見してみると、結構な頻度でスマホをチェックしている。
それは今日だけではなく、翌日もその翌日も社長はスマホをチェックしていた。
そんな社長の行動が、俺を勇気づける。
俺からの連絡を待っているという確信はないが、俺の連絡を待っているような気がしてしょうがない。
既に金曜日になっていて、明日が約束の日だったが、まだ俺は社長に連絡をしていない。
俺からの連絡を待っているのか、確認したい。
だけど、確認する方法が見つからない。
そんな悶々とした気持ちのまま、気付いたら終業まであと2時間になっていた。
ちょうど休憩時間だったので、コーヒーを飲もうと休憩室に向かう。
休憩室に入るとちょうど石川さんがいたので声をかける。
石川さんと話していると、社長が入って来るのが目に入る。
反射的に石川さんに挨拶をして休憩室を後にする。
社長が休憩室に入ってきたら、休憩室を後にする自分の習慣に笑えて来る。
デスクに帰ろうと歩いていると、先日社長を引きずり込んだ会議室が目に入る。
俺の連絡を待っていたのか確認したかった。
気付いたら会議室に入って、足音を聞いていた。
何人か社長じゃない人が会議室の前を通る。
もう行ってしまったのかと諦めかけた時、社長の姿が目に入る。
また社長の腕を掴んで部屋に引きずりこむ。
「ちょっと何するんですか。」
怒りを含んだ社長の声が耳に入るも、そんなことは気にしていられなかった。
ずっと気になっていたことを社長に聞く。
「ずっとスマホ気にしてましたよね。俺からの連絡待ってた?」
「あなたの連絡なんて待ってないわよ。」
やっぱりそうかと思いながらも、どうしても俺の連絡を待っていたと言わせたい。
「この一週間ずっとスマホ気にしてるし、俺のことよく見てたでしょ。だから待ってたのかなと思って。」
俺を意識して欲しくて、ぐっと顔を近づけてくる。
前と同じように社長は顔を横にずらす。
社長の顔がほんのり赤くなっている気がして、確認したい。
すかさず社長の顎を掴み、元の位置に顔を戻す。
やっぱり顔が赤い。
少しでも俺のことを意識してくれたことが嬉しい。
「社長、嘘はよくないですよ。俺からの連絡ずっと待ってたでしょ。」
「だから、何度も言うけど連絡なんて待ってなかったわよ。」
余裕のない社長の声と表情に俺は益々嬉しくなってくる。
社長のの足の間に自分の足が割って入れる。
もっともっと俺を意識して欲しくて、掴まれた腕と顎に力が込められる。
社長の表情が妖艶で、社長の体温も感じ、思わず体が反応しそうになる。
「さすが社長だけあって、強がりですね。待ってなかったってことにしましょう。明日、海に11時待ち合わせでいいですか?サーフィンはしないので普通の服で来てください。」
「分かりました。」
社長の息がかかる。
俺の奥が熱くなってるのを感じる。
「強がり言わずに正直に言った方が可愛いよ。」
目に入った社長の柔らかそうな髪に触れる。
指が社長の耳に触れた瞬間、社長の体が震える。
俺も段々限界になってきて、社長から体を離す。
俺の体が離れた瞬間、社長が息を大きく吸い込む。
これ以上この場にいると我慢できる自信がなかったから、俺は社長を置いて会議室から出て行く。
あまりに攻めすぎて、俺も体が反応しかけているので、落ち着けるためにトイレに寄る。
水道で手を思いっきり洗って、深呼吸をする。
心身ともに落ち着いたので、フロアに戻る。
戻りながらも、俺の連絡を待っていてくれたことが素直に嬉しい。
フロアに戻ると社員と社長が話している。
顔を合わさずに済んで良かったと思いながら席に向かっていると、内容が耳に入ってくる。
「社長、どこ行ってたんですか。この商品売れ行きがよくて在庫がなくなりそうなんですが、どれぐらい追加しましょうか。」
社長は社員から手渡された資料を見ながら、パソコンを見ようとしている。
ちょうどマーケティングに必要だと思って作成してあった資料があることを思い出す。
急いで席に戻り、社長に資料を手渡す。
「社長、過去の資料になります。こちらを参考にして数字を決めてはどうでしょうか。」
社長が驚いたような顔をしてこちらを見る。
心なしか社長の顔が赤いような気がする。
「この資料見てから決めるから席に戻って。」
社長は社員を席に戻らせている。
俺も席に座ろうと椅子を引く時に目線を落とす。
社長の近くにゴミが落ちているのが目に入る。
一度気になると、気になってしまうのでゴミを拾おうと社長の近くに寄る。
その瞬間、社長が体を後ろにひいて俺から離れた。
俺のことがそんなに嫌なのかと顔を上げると、社長の顔が真っ赤になっている。
からかいたい気持ちがむくむくと湧き出てきて、立ち上がる途中で社長の耳元で
「ゴミ拾っただけですよ。それから、顔真っ赤ですよ。」
と言って自分の席に戻っていく。
社長の顔が益々赤くなるのを見て、もっと俺のことを意識して欲しいと思ってしまう。
社長にからかわれたように、俺も社長にし返ししようと心に決めた瞬間だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます