第10話 気になるスマホ

スマホの目覚まし時計の音で目が覚める。


目覚めは最高に良い。


思いっきり伸びをしてから、ベッドから出る。


いよいよ社長と二人きりで会う。


既に心臓がドキドキ音を立てている。


平常心を装いながら支度をする。


どうせ海に入るから髪をセットしたところ崩れるだろうと、軽く整えるだけにしておく。


着替えやすようにとTシャツと短パンを履く。


何か食べようかと思ったが、この先起こることを想像しただけで胸がいっぱいになり、食べれそうにない。


水を1杯飲んで、まだ約束の時間には早かったが海へ向かう。


海に着くと約束の時間より早いので、当然社長の車はまだない。


車から降りてサーフボードを立てかける。


ぼーっと朝の海を眺めるも、この後社長と会うと思うとドキドキする。


いつ社長が来るかと気が気でない状況でいると、ポケットのスマホが揺れる。


どうせ旬からのメッセージだろうと思い、スマホを取り出す。


案の乗、旬からだ。


『お前の為に早起きしたから感謝しろ。手作り弁当を持ってきたら告白しろ。健闘を祈る。』


旬らしいメッセージに笑みがこぼれる。


返信しようとしたところで、後ろに気配を感じたので振りむく。


朝日に照らされてこちらにやってくる社長の姿が目に入る。


普段の仕事着ではなく、完全オフ仕様の社長から目が離せない。


ドキドキする胸を押さえながら、なんとか挨拶をする。


「おはようございます。寝坊しなかったんですね。それにしても大荷物だ。」


照れ隠しに社長の持っているサーフボードを担ぐ。


歩いていると後ろから社長から声を掛けられる。


「おはようございます。海行く前に朝食でもどうですか?」


こんな朝早くから空いている店なんてないのに、社長は意外と天然な一面もあるのかと可笑しくなる。


「朝食?そんな約束してましたっけ?朝早いからお店開いてないですよ。」


「お腹は空いてますか?」


「朝早かったから何も食べてないけど、ほんとにお店どこも開いてないですよ。」


「そこの階段に座りましょ。」


社長が何をしたいのか分からなかったが、とりあえず言われた通り階段に腰掛ける。


「可愛いお弁当箱がなかったから、ただのラップ。お口に合うといいんですけど。」


社長は笑顔を俺に向けながらラップに包まれたサンドウィッチを手渡そうとしている。


旬と交わした昨日の会話が頭の中で蘇り、心臓が早鐘を打ち始める。


まさか社長が俺のことを好きなのか。


都合の良い思考に我ながら笑えてくる。


心臓の鼓動を聞きながら、社長からサンドウィッチを受け取る。


「さっきも言ったけど、朝食べてないからお腹空いてました。朝早いのに作ってくれて、ありがとうございます。」


動揺しているのを悟られたくなくて、急いでサンドウィッチを口に入れる。


普通のサンドウィッチのはずなのに、格別に美味しい。


「それにしても意外だな。」


不意に心の声が漏れる。


「何が意外なんですか。おいしくなかったですか?」


早朝の海で社長の手作りの食事を食べている、非現実的な状況につい本音が漏れる。


「社長が料理するなんて。しかも美味しい。何でも完璧にこなすんですね。」


一瞬社長の顔が嬉しそうになるのを見ると、心が熱くなる。


「意外とは失礼ですね。普通に料理もするし、何でも自分でやりますよ。完璧ではないですけど。」


「仕事も料理も出来るなんていい女ですよ。見た目もいいからモテるでしょ。」


この非現実的な状況に、自分を制御する必要はないだろうと勘違いして次々と本音が出てしまう。


「モテたら今苦労してないですよ。」


「社長は男なんて選びたい放題でしょ。俺なんて社長の目にも止まらないよな。」


社長の動きが止まる。


何を言われるのか、最高潮に心臓が高鳴る。


「相馬さんもいい男ですよ。総務の子達が大騒ぎしてますよ。」


「俺、臆病なんですよ。気になる人には中々上手く話せなくて。」


目の前の社長に届いてくれと願いを込める。


「相馬さんの理想のっていうことは相当な美人ですよね。」


「美人だし気遣いもできる人です。」


「上手くいくと良いですね。」


社長から肯定されたような気がして嬉しくなる。


「それにしても、このサンドウィッチ旨い。昔からサーフィンも上手いし。ほんと何でもできますね。」


「昔から?」


自分の制御機能が壊れているが為に、口が滑ってしまった。


慌てて話題を変える。


「昔からサーフィンも上手そうだなと思ってたら、言葉を間違えました。ところで、このパンどこで買ったんですか?めちゃくちゃ旨い。俺も買いたいなと思って。」


その後は他愛もない話をしながら、海を眺めながら食べる朝食は最高に美味しかった。


「御馳走様でした。朝早くからありがとうございました。今度、お礼させて下さい。」


「お粗末様でした。お礼期待してます。さっ、腹ごしらえも終わったので、海に行きましょうか。」


社長との距離が一気に近づいたようで嬉しく思いながら、社長のサーフボードを持とうと手を伸ばす。


社長も手を伸ばしており柔らかい社長の手と触れ合う。


体中が痺れるほどの衝撃が走る。


動揺を誤魔化す為にわざと明るく歩き始める。


「俺が海まで持って行きますよ。」


無言で海に向かう。


無言でも心地よい空間だった。


「ありがとうございます。」


と社長が俺からボードを受け取ると、さっさと海へ入っていく。


俺も慌てて社長の後をついていく。


波に乗る社長の姿に目が奪われる。


最初に海で見かけて一目惚れした時の姿のままだ。


波を見極めるよりも社長に目を奪われている時間の方が長く、あっという間に時間が過ぎていく。


相当長い時間楽しんだところで社長から声をかけられる。


「そろそろ終わりにしますか?」


「そうですね。さすが社長。体力ありますね。」


「体力と食欲だけはだれよりもある自信はあるので。」


始めたころには朝日が出ていたのに、今はすっかりお日様の出番だ。


「楽しかったです。ありがとうございます。この後は?」


まさか社長から誘って貰えるとは思ってもいなかったので、ねぇちゃんとの予定をずらさずにいた自分を呪いたくなる。


「ちょっと外せない用があって。本当は朝食のお礼に昼食をと言いたかったんですが、どうしてもずらせない用事があって、お礼はまた今度誘ってもいいですか?」


諦めきれずに次の予定を約束しようと俺は必死だった。


「そうですね。お礼は今度でいいですので、忘れないで下さいね。何度も言うようですけど、社長って言うのやめてくれないですか?」


急に社長の口調が強まり驚いてしまう。


社長と言われるなと言われても、照れてしまっていきなり名前を呼ぶことなんてできない。


「プライベートでも社長は社長ですので。」


適当にごまかして、お礼を言う。


「ほんと、俺も夢のような時間で楽しかったです。また誘っていいですか。お礼も近々お誘いします。」


「車で来たんですか?途中まで送っていきますけど。」


一瞬、旬の言葉が頭を過ぎりこのまま告白してしまおうかと思ったものの、時計を見るとねぇちゃんが迎えに来る時間になっていた。


式場との打ち合わせ時間が決まっているから、遅れるとめちゃくちゃ怒られる。


離れがたい気持ちの方が大きかったが、後からのねぇちゃんの仕打ちを考えると、潔く別れた方が良いと判断する。


後ろ髪を引かれながらも社長に挨拶する。


「家が近くだから歩いて来たんですけど、迎えが来ているので。お気遣いありがとうございます。すみません。今日はここで失礼します。」


駐車場に向かっていると、ねぇちゃんの姿が目に入る。


手を上げて、遅れてはいけないとねぇちゃんの方へ走り寄っていく。


この一連の行動を後から死ぬほど俺を苦しめるとも知らずに、この時はのんきなもんだった。


ねぇちゃんは俺を見つけるなり、鬼の形相で手招きする。


時間ぎりぎりなことを怒っているのだろう。


慌ててサーフボードを抱えながら走る。


「ちょっと洋平早くしてよ。」


「俺の都合も考慮してくれよ。店閉めて義兄と行けばいいじゃないか。何で俺が行かなきゃいけないんだよ。」


「うだうだ言ってないで早くして。」


これ以上言っても仕方がないと口を噤んで車に乗り込む。


車に乗っても頭の中は後悔ばかり。


さっきの社長の誘いに乗れなかったことが悔やんでも悔やみきれない。


ねぇちゃんのせいだと思うと、しゃべる気にもならずスマホを見る。


腹いせに旬に八つ当たりしようと来ていたメッセージに返信する。


『姉貴のせいで、社長の誘いに乗れなかった。マジ最低』


休みなだけあって直ぐに旬から返信がくる。


『姉貴の誘いなんかブッチしろよ。告白したのか。』


『告白する訳ない。弁当は作ってくれた。』


自慢の意味も込めて旬に報告する。


報告しながら今朝の事が思い出され、頬が緩む。


『それで告白しないとか、お前チキンだな。今からでもいいから連絡しろよ。次会う約束して告白しろ。脈ありだぞ。』


旬のメッセージを見て、その気になってくる。


今のこの勢いで社長に連絡しないと、後では遅れそうにないだろう。


意を決して社長にメッセージを送ろうと、メッセージを作成し始める。


何度も打ち直しては文章を考えて、最終的にしっくりきた文章を何度も読み返す。


『今日はありがとうございました。とても楽しかったです。もっと一緒にいたかったのですが、予定があって帰り際ばたばたしてすみませんでした。お礼を来週末のお昼ご飯一緒にいかがですか。私用で連絡してはいけないと思いながらも、来週月曜日まで待てずに連絡してしまいました。』


後は送信ボタンを押すだけだったが、中々押せないでいると隣のねぇちゃんから声をかけられる。


「洋平、もう着くから準備して。あんたのせいで時間ギリギリなんだから。」


このタイミングで送信ボタンを押さなかったら、メッセージを送ることなんてできないと思い、勢いでボタンを押す。


直ぐに既読になるはずもないが、社長は午後予定がないはずだからきっと打ち合わせが終わる頃には返事がきているだろう。


そう思って、スマホをポケットに入れてねぇちゃんの後について打ち合わせに行く。


打ち合わせ中も俺には全く関係ないことだから、スマホばかりが気になる。


義兄と同じような体形だからと、ねぇちゃんが選んだ衣装を延々と着る。


いい加減疲れてうんざりしてきたところで、ねぇちゃんの納得のいく衣装が決まったようだ。


義兄が店を閉めずに、身代わりに俺を差し出した理由がよく分かった。


今朝の疲れも出てきて、ようやく解放される頃には心身ともにくたくただった。


ようやく気になってしょうがなかったスマホが確認できると、急いでメッセージアプリを開けるものの社長から返事がきている形跡はない。


俺が送ったメッセージは既読になっているので、確認しているのは間違いなさそうだ。


俺が誘いを断ったから、怒っているのだろうか。


そんなタイプにも思えなかったので、きっと何か用事ができて返事ができないだけだろうと思うことにする。


ねぇちゃんに家まで送ってもらい、スマホを確認する。


相変わらず社長からの返事はない。


スマホを気にしつつも、ささっとシャワーを浴びて夕ご飯の準備を簡単にする。


何度もスマホを確認するも社長からの返事は一向にない。


スマホが気になってしょうがないので、気分を紛らわそうと見たかった映画を見る。


あんなに楽しみにしていたのに社長からの連絡がないか気になり、全く内容が入ってこない。


スマホが揺れるたびに心臓が跳ねるが、どれも社長からの連絡ではなかった。


連絡がないまま夜が更け、映画も見終わってしまう。


結局、社長からの連絡はなく一日が終わる。


流石に明日は連絡が来るだろうと思っていたが、結局日曜日も社長からの連絡はなかった。


この2日間、俺はスマホばかり気にしていた。


社長から返事がないということは、断られたということなんだろうか。


それならそうと、返事ぐらいしてくれてもいいのに。


社長は意外にも不誠実なんだなと思う。


明日会社に行って、社長と普通に接することができるだろうか。


俺から返事がないことに触れるべきか、何もなかったことにしてスルーすべきなのか。


いずれにしろ、俺は社長に振られてしまったようだ。

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