第27話 Rewind⑥
わたしは秘密の部屋に招待されました。ハリーポッターの第2作目じゃありません。限られたアカウントだけが閲覧できるチャンネルがあるのです。そこで『専務』についての作戦が進んでいました。
志願してまずロイ隊長からいくつか質問された憶えがありますが、わたしは「できる」とだけ答えました。
自信がありました。ターゲットにカマをかけてネカマをするやりとりは、SpyC側によって記録されたスクリーンショットがいくつも転がっており、暇さえあればわたしはそれらを眺めていました。一連の流れは完璧に叩き込まれています。
今回の場合は、ターゲットの専務に接近してターフプロモーションがあくどい性搾取をおこなっている証拠や、専務個人がセクハラをしている証拠など引き出すというわけです。
ロイ隊長:
ターフプロモーションを滅ぼすわけよ
赤味:
はい!
ロイ隊長:
ネカマは設定だけはもう作ってあるんよな
聖クルス学園に通う女子高生、髪型はボブカット
この辺りがオッサンが好みそうな特徴で
赤味:
憶えます! なりきります!
ロイ隊長:
じゃあ頼むわ
ロイ隊長はまったく止めませんでした。「本当にできるのか?」という二言目すらありません。さすがブレーキがついてないと評判のリーダーだけあります。かりにも女子中学生が危険なことをしようとしているのに……とはいえ自分からやると言い出したので、まったく心配して欲しい気持ちはありません。
このようにわたしは最初から最後までひとりで作戦を遂行するつもりでした。ところが、思わぬところから助け舟が出されたのです。
ロイ隊長:
ミシックが手伝ってくれるってよ
赤味:
?
ロイ隊長:
なんか相手にURL踏ませるだけで、スマホの写真とかこっそり抜けるやつがあるらしい
赤味:
へえー
ミシックの協力によって、わたしのミッションはその怪しいURLを相手に踏ませるだけになりました。はじめの段取りと比べたら圧倒的にイージーです。
ミシックが豹変して協力してくれたのは、わたしを見かねてのことかもしれません。十中八九そうでしょう。お節介なのです。もちろんわたしが女だからという理由だけで助けてくれたのでした。つまり、ネットで女アピールする利益がここにありますよ。
ともかく、最初ひどく難儀していたこの作戦は、いつのまにか見違えて希望あるものになりました。成功するかなんてもう疑えません。後はやるだけ、人事を尽くして天命を待つ、まさにその心境です。
米
作戦はもののみごとに成功でした。この初仕事は簡単で、わたしからすれば少し物足りないくらいでした。ファーストコンタクトから相手が食いついてきたのは、プロファイリングからつくった「好みの女の子」のネット人格がどんぴしゃだったようです。聖クルス学園というものはじつに相当なステータス、希少価値なのです。相手は疑いもせずにURLを開いてくれました。
ウイルスについてはよく分かりませんが、どうやら相手から抜いた写真のデータに”お宝”があったらしく、それで万事解決したみたいです(どんな写真かは見せてもらえていません)。専務はインターネットを引退することになり、それからいろいろあってターフプロモーションは清算されました。ひょっとすると名前を変えただけにしても、少なくともネットで大々的に動くことはもうできません(SpyCが目を光らせている限り)。
ウィルスを踏ませて写真を抜き取る方法は、相手がどの端末からアクセスしているかによって収穫にムラが出るものの、ハマれば強力です。ところがこれ以降は使われませんでした。やはり人間の温かみのあるチャットでの騙し合いのほうが、コンピュータの無機質な不正操作よりずっと楽しいというSpyCです。それよりもっと、普段相手にする小物はそこまで厳密にしなくてよいというのがあります。いざというとき伝家の宝刀となるよう隊長命令で寝かせられた、というほうが正しいかもしれません。
今年の1月、そうしてわたしは幹部になりました。この上なく満足なポジションに収まって。これで他の団員と同じように、いえそれ以上に”ネカマ”をしても文句など言われなくなります。赤味ちゃんのフォロワー数も5万を越え、わたしはハッピーでした。むしろハッピーセットでした。
ところがミシックは後悔しているようです。
ミシック:
俺があのときあんなアドバイスせずに
「どっか行けよ」って言えばよかった
赤味:
え、言われても入るけど?
ミシック:
意味わからん
そこは別のことやれよ
何が楽しいんだ?
赤味:
みんなと一緒にいるのが楽しい
ミシックと居るのも
ミシックは楽しくないの?
ミシック:
勉強になる
赤味:
えー楽しさは?
ミシック:
ゲームがラグらなきゃな
赤味:
ご愁傷さま……
ミシックは多分、将来はコンピュータ関係の仕事に就くんだとおもいます。お金を稼ぐために勉強して色々なスキルを学んでいました。対するわたしは、この頃はもうひきこもりになっていたというのに、将来これを活かせる仕事なんて見当もつきません。強いて言えば、ネカマにひっかかった出会い厨から通報しないことをダシにお金をとればいいのにとおもいます。然らばSpyCの活動だけやってずっと暮らしていけるでしょう。
ところがこの発案は認められませんでした。いままでただの一度だけロイ隊長からドン引かれた経験がありますが、何を隠そうこのときです。
さすがにそれは無いだろってリアクションされました。「ブレーキの壊れたバイク」とまで団員をして言わしめたあのひとに。
擁護しておくと、何がラインの内側で何が外側にあるかは、その時期のSpyCによって大きく異なります。初期には到底許されていなかった馴れ合い行為やチャンネルで集まってのゲーム、メンバーの生配信が、現在では当たり前のように行われているという風に。逆に初期では許されていたのに新しく引かれたラインで禁止された手法もあります。
だからきっと近い将来、出会い厨から搾り取った懲罰金で組織運営するようになるSpyCの姿もあるかもしれません。もうひとつの√は、あまり良い想像ではありませんが、幹部であるわたしがSpyCのメンバーから贈り物やギフトカードを貰って生活することです。これはちょっとマルチっぽいですし、団員のみんなの負担になって生活するくらいならまだ親の脛をかじった方がましです。貧すれば鈍する、武士は喰わねど高楊枝といったエピグラムでしょう、ここは……。
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