第23話 Rewind②



 仮に加害者の男性を”M”としましょう。しぃちゃんを傷つけたMのアカウントが消えて失くなることをわたしは望みました。しぃちゃんのような犠牲者をこれ以上出してはいけません。そう願ってクラウドのはるか上層にあるインターネットの天を仰ぎました。救われるチャンスはたしかに来ました。

 少年少女の集い場に土足でみ込んでくるMのようなチャイルドマレスターを、うざったらしいと排除するような動きがあったのです。若者たちが自然とそう動いて自警団のようなものができつつありました。SpyCの前駆です。わたしからあちらを見つけてお願いしたのか、それともあちらの方からMのようなターゲットを追って自然とやって来たのかは定かでありません。

 わたしは情報提供していました。Mが犯した悪辣なおこないをあますことなく語りました。何とかして欲しい、しぃちゃんの身に起こったようないたましい事件が亡くなって欲しいと訴えました。


”あーそれは出会い厨っすわ、完全に。ちょちょいとネカマで釣って滅ぼしてやりましょ”


組織のリーダーと名乗るヤンチャっぽい青年が、たしかそんな内容のことを発言したのを憶えています。ネットで知り合った少女と出会おうとする変質者に、ネカマを仕掛けて嘘の待ち合わせ場所を教え、ヤクザの事務所など明らかに悪い事件に巻き込まれそうな場所へと誘導するイタズラをやっていました(後にヤクザに迷惑を掛けるとしてこの手口は封印されます)。どうしてわざわざそんなイタズラをするのかとインタビューされたら、この青年――ロイ隊長――は”ウザいから”とか”大切な仲間が絡まれたから”としか答えなかったことでしょう。それで十分でした。

 当時のSpyCに後のような厳格な基準はなく、ただのまとまりのないイタズラ集団であったとミシックが述懐するように、この作戦がハマる大人相手なら誰でもよかったのかもしれません。

 けれど彼らはチャイルドマレスターをとくに嫌ってターゲットとして選んでいたようです。もともと中高生の集まるネットの遊び場から萌芽した組織です、その構成員もほとんどが未成年から成ります。”同胞”の居場所を荒らす未成年狙いの大人は、彼らにとっていちばん先に排除すべき対象となったはずです。

 まさにそのぴったりな卑劣漢、わたしが死ぬほど恨んだMもターゲットとしてネカマに掛けられ、田舎の駅で何時間も待ちぼうけをくわされた挙げ句、(中学生と名乗った相手を口説くなど)明らかな規約違反の証拠をあげられて通報でアカウントごと消滅しました。しかも個人情報をチャットで聞き出し、相手がどんな氏名であり、どんな地区に住んでいるかまでを特定して”墓標”に晒し上げたのです。二度とこの場所に戻って来られないように。

 それが顛末です。わたしは感謝しました。この厚意は何より嬉しかったと伝えました。お礼がしたいとも言いました。


 活動に協力したいと申し出ましたが、「女にネカマはできない」という理由から断られました。碌に世渡りも知らない中学生の女子なんて、組織にとっては同志となるよりむしろ守る対象だったのです。けれど正直、このときちょっと裏切られたような気分がしました。仲間はずれにされたような。だって、もうわたしにはネットにすら居場所がどこにもなくて。しぃちゃんとは永訣し、もといた”PΦLA”のコミュニティにはもう興味がありません。

 いまのわたしの興味は、SpyCを名乗っているあの集団です。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る