第22話 Rewind①
あれは中学校に進学したての春にさかのぼります。内気な性格だったわたしは、当時中学デビューの発想すらなく、石につまずいたような滑り出しでした。クラスとはうまく馴染めず、同じ小学校からの友達とはクラスが離れて疎遠になります。教室ではいつも浮き、放課後となればさらに浮いており、気分は春のうららかな陽気を裏切って沈みました。
わたしはインターネットの遊び場に活路を求めました。あの青い鳥がパタパタしている感じのSNSです――そこでは同じ趣味や属性のグループに分かれてアカウントがだいたい固まります。ネットというとかなり広大な印象を受けますが、
『明日のテストがだるい』
『クラスの友人との距離感がつかめない』
『母親が買い物しようと出掛けて行ったら財布を忘れた』
日々流れてくる情報は、まるで自分の身の周りに起こった事と錯覚するくらい身につまされます。
これが詐欺師のアカウントなどをフォローすると
『昨夜スタートアップの会合でビットコインの創設者と談笑して握手した』
『月末までに10億円のキャッシュを動かすことになりそう』
『ついに年商が1兆円を超えた』
とか、まったくもって身近でも親密でも真実でもないことばかり流れてきます。こういうのを眺めるのも
ネットに行ってもはじめは退屈でしたが、わたしは生涯の友”しぃちゃん”と知り合いました。去年中高生に人気を博した”PΦLA”(ポーラ)というバンドを通して、偶然あちらから声を掛けられたのです。山梨の中学校に通っている同い年の女の子らしく、学校生活ではお互いに苦労をしていました。
人懐こいしぃちゃんとの会話は自然と積もってゆき、そのうちふたりでLINEのIDを交換しました。ますますしぃちゃんと一対一でおしゃべりすることが主たる活動になります。
ときには夜ふかしをして、ときには学校の休み時間を割いて、しぃちゃんとやりとりする時間は心から救われました。学校で趣味はと訊かれたら、インターネットと答えます。多くの人はそれでちょんびり可哀想に思うことでしょう。けれどわたしだけが「しぃちゃん」との時間を、あながち憐れでもない真相を知っているのです。
充実していました。けれど大人たちがちくちく言葉で摘示するように、「顔も見えない友人」――
”PΦLA”のチケットはよく売り切れました。ことに購買力のない子どもがそのしわ寄せをうけました。ライブはチャリティーではありません。そのときわたしは”PΦLA”からすっかり興味をなくしていましたが、しぃちゃんがつねにチケットを欲しがっていたことは知っていました。
チケットにつられて、しぃちゃんは悪い大人と会ってしまったようです。そこでトラブルになり、心に深い傷を負ってインターネットの世界から消えました。親に悪いインターネットを取り上げられたのです。ご両親の判断はいまでも賢明だと思いますし、しぃちゃん自身もいまや戻って来たくなかったのでしょう、アカウントの類はすべて消えました(これをご両親が無理矢理やったとは考えません)。ネットの顔も見えない相手とオフで会うことは、危険です。そんなの還付申告の仕方と同じくらいにはよく知られていることでしょう。
わたしはその相手が許せませんでした。高校生のふりを装ってしぃちゃんをオフ会に誘って、待ち合わせ場所に来たしぃちゃんを車に連れ込もうとした中年の男性。それほどのことをしておきながら、捕まるでもなく、アカウントを消されるでもなく、むしろ消滅したのは”しぃちゃん”の方、それが許せなかった、そこからです。
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