第18話 マヤの過去編②


 時刻は夕だったが季節もあって日は沈みきっていた。ナナたちが行儀よく呼び鈴のボタンを鳴らすと、マヤの母親が玄関で出迎えて家の中へ招き入れた。


「もう、あのの心がさっぱりわからないわよ……」


母親はやや狼狽している様子だった。せっかく学校へ行くようになった娘がまたひきこもりに戻ってしまったのだ。レッスンはともかく、もう3日も学校にも行かずに。こう落胆してしまうのも仕方がない。


「あの、心当たりは……?」


その質問に対して母親は首を振った。でもあの娘のことだから話してはくれないだろう、と言い添えて。


                    米


 マヤの部屋がある突き当りの廊下に差し掛かると、無造作に戸扉が少し開いており、その隙間スリットからは微弱な蛍光が洩れ差している。ナナたちは一旦顔を見合わせてからそっと伺った。


「入るね、マヤちゃん……少しだけお話させて」


ナナは強引だったが誰も止めなかった。部屋に入りもし機嫌を損ねたときは、ナナに全責任をなすり付ければよいのだ。だが、マヤからの反応はない。沈黙。狭い部屋のなかに彼女はすぐ見つかった。


「あっ マヤちゃん!」


ベッドの上にくずおれていたマヤは夢うつつだった。完全に眠りきっているわけでなくて、ナナの声をきくとすぐに起き上がる。まるで眠りなど必要としていないかのように、自暴自棄でかつ憔悴していた。


「ナナさん、アイコさん、キリエさん、それからアカリさん……きたんですね」


マヤは目をこすった。そうして予め決めたような素振りで


「これまでお世話になりました……もう協力はできません」


と四人に向けて突きつけた。言い方こそあっさりとだが、その裏に垣間見える凄みはこれまでにないほど真剣な意志であることを物語っていた。


「何があったの!?」


ナナが泣きそうになりながら、マヤの着ているパジャマの襟首にしがみつく。他のメンバーはそれを呆気にとられて見る。もしマヤの首が締まったら……だがその心配はすぐに霧散した。マヤがしゃくしゃくとナナの手を払いけたのだ。


「話し合いだけならします。ただし、絶対にカメラはめてください」


もちかけられた交渉条件に対して


「わかったよ。カメラは無しね。録音もしない。だからせめて側に居させて?」


と承諾したアイコが隠しマイクを外すと、マヤは黙ってうなずく。他のメンバーもそれにならった。虎視眈々と外で待機していたスタッフも、指示によって1階へと動かされる。


 マヤは寝具から幽鬼のように立ち上がると、クローゼットに押し込められた箪笥の引き出しを探って、黒いトランシーバーのような機器ものを取り出した。機器を起動してうつろな目で画面を注視する。と、おもむろに説明を加えた。


「盗聴探知機です。これが反応しなかったら、カメラもマイクもないとして話をすすめます」


それに、アカリが尋ねた。


「え、マヤちゃんそれいつ買ったの」


と。無論値段込みで気になるところ、しかしマヤは答えなかった。ただじっと機器の設定を続けている。

しばらく、


「ねえマヤちゃん。レッスンがやっぱり辛かった……?」


アイコが歌唱では直接教える立場だったこともあって、責任感に駆られてそのような疑問を投げた。

 するとマヤはニッコリと微笑んでこう応じた。


「そうかもしれませんし、そうでないかもしれません。でも、そんなの関係ないんですよ。だってわたしは元々アイドルになんてふさわしくない人間なんですからね」


と、そして自嘲気味に笑う。


「アイドルは明るくて、元気で、いつも笑顔でファンを幸せにする存在でしょう? そんなの、あなたたちに決まっているじゃないですか。わたくしではありません。どうして目をそらしてたんでしょう、いいえ、どうして目をそらすんですか?」


「それはね、誰だってアイドルになれるからだよ?」


ナナが言い返した。マヤは再反論する。


「虚実です。誰だってアイドルになれるなら、アイドルなんて何の意味もないじゃないですか。でも、本当は特権で……」


後半は独言のようになって弱まり宙に途切れた。


「私たちが理想のアイドルという訳じゃないわマヤちゃん。現状には不満足ばかりだし、先行きも最悪で……」


キリエが不安を隠せず口にした。マヤは、気遣って引き下がる。


「そうですね。ごめんなさい。たしかにスマイリーMは世間的に成功していないアイドルグループかもしれません。でも、それでもみなさんがとってもアイドルらしく活動している点で、わたくしにとっては理想のアイドルなんですよ。違いすぎるんです、お互い」


「違わないよぅ……」


アカリはそれをうけて拗ねるように呟いた。マヤは娥眉まゆねも動かさず、ひとつ呼吸を区切ってからあらためて講説した。


「……みなさん、やはり簡単には諦めてくれないですよね。知ってました。仕方ないので、これから少しだけ本当のことをお話します。わたくしがいかにアイドルと程遠いのか、それで納得していただけると思いますから」


その代わり、絶対に内容は秘密にする約束ことを守るように念押しして。


「秘密にするから!」とナナ。


「親友の秘密を、絶対に売ったりはしない」とアイコ。


「抱え込むことは辛いわ、私たちだけにでも共有して楽になって」とキリエ。


「そうだよ。このままで関係が終わっちゃうなんて、やだ。全部ぶちまけて!!」とアカリ。


四人はつぶらな八の瞳でマヤを射止める。とうとう、マヤは盗聴探知機を枕辺まくらべに放り投げた。そしてあらたまって向き直り、しどけないパジャマの襟元を直す。


「わかりました。でも多分、打ち明けても理解できないと思いますよ」


マヤは前置きをした。


(つづく)


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