XⅡ マヤの過去篇

第17話 マヤの過去編①



 合唱コンクールがありました。2年2組はクラスが一致団結して、一生懸命練習して……とはなりませんでした。

 サボりの横行。「ちょっと男子歌いなさいよー」というやつです。前提として、部活動があれば放課後練習はできません。としても行事の前だから休んででも練習に参加して欲しいという声があるわけです。これはクラスの女子委員長からはっきりと要望されました。

 それでもサッカー部などのガチ目な部活に対しては、そこまで強くは出られないわけです。部活 > 行事の図式。というわけでこの辺の部活動は参加免除になりました。

 これでは参加した勢のやる気が出るわけがありません。『蟹工船』の博光丸のなかで行われたように、サボタージュ(注:指示には従うものの明らかにパフォーマンスを落として実行すること)が自然発生しました。


「ちょっと! ちゃんと歌ってよ! 本番はテレビが来るのよ」


 委員長はむきになって檄を飛ばします。女子の間で権力の強い彼女が苛立つことで周囲はおそれおののきます。空気は最悪でした。

 サッカー部やバスケ部が特別扱いされるのは、わたしの感覚からはもはや卑屈極まって当然のようにも取れるのですが、男子からしてみれば不公平に違いありません。水泳部だって、バレー部だって部活仲間で集まって練習するほうが楽しいに決まっています。瓶底眼鏡のちょっとガリ勉っぽい男の子が、模試の対策ができない不満を露骨にあらわす態度をとりました。


「…………」


 中学校の合唱大会というものは、ただただ口を大きく開けて歌うことのみが加点に繋がります。やる気一本の形式と言っても過言ではありません。いかに男子をアホ面で調子よく歌わせるか――。集団のモチベーションをここでさげてしまうくらいなら、練習なんてやらないほうがマシ……こう思ってしまうのはまたひねくれた意見なのでしょう。楽しく練習をする、それができれば一番よいのです。

 気づけば秋月さんがわたしの方を前途不安げに視ていました。気持ちはわかります。この淀みきった状況に風穴を穿うがてるとするなら、それはもうクラスでできあがった人間関係に雁字搦めにされていないわたし位しか候補が居ません。でも、委員長こわいです。ふつうに無理です。


「…………もう一回最初から」


白けた空気が場に流れはじめました。脳裏に浮かぶのは『暴動』の二文字、そこへ――


「やっほー」


アカリさんが教室にぱっと姿をあらわしました。ありがたや。


「あ、スマイリーMのアカリさん!!」


わたしはわざと大袈裟に驚いて紹介してみせたあと、内心安堵しきります。


「練習頑張ってるかなー?」


緑のツートンカラーでまとめたオシャンな装いのアカリさんに、中学生男子たちの心は釘付けです。緑には心をリラックスさせる効果もあります、この場合ばやい、効き目はてきめんと言えるでしょう。


「マヤちゃん貰ってくね」


どうやらダンスと歌唱のレッスンにわたしを誘うためにアカリさんは来たようでした。わたしを引き抜いて、次には教室を去ろうとします。その間わずか2秒。男子の期待から失望にかわる心が手にとるように伝わります。いくらアカリさんがマスコット的な癒やしのムードメーカーといって、こんな即退場では残された者たちの空気が地獄であることは変わりえません。


「ちょ、ちょっと! アカリさん、もし合唱コンクールでわたくしたちのクラスが優勝したら、何かしらご褒美をくれませんか?」


わたしは機転で頼み込みました。


「え? いいよ。なんでもあげるよ?」


アカリさんがわたしの目をみて言います。個人への報酬と勘違いされたようです。


「そうじゃなくてクラス全員に、なにがしか」


「あっ、うーんと。サイン入りグッズとか?」


全体から歓声が轟きます。みなさん聞きましたよね? サインですよサイン。これではりきって練習してくださいね――



――なんてこともありました。あとは――



 ――本番前。数分後に迫ったスポットライトと独唱を前にして、舞台袖で怖じ気づくわたし。こんな晴舞台へのぼった経験など過去にありません、自律神経のノイズで手が震えはじめます

 ……ここは深呼吸。そしてアイコさんから教えてもらったおまじないを試すときです。わたしはじっと強固な意志で両手を上げ、手のひらを合わせました。できるだけ楽しいことを考えながら、そのまま前に手をかき出します。だいぶ精神的余裕が戻ってきました。

 周りを広く観察してみると、不思議なものです。いまのわたしよりずっと緊張していそうな子もいれば、まったく気にかけず小声でお喋りを続けている男子たちもいました。このクラスの誰とて専門スタジオでボイストレーニングを受けた経験などないことに思いを馳せれば、今となっては、わたしが独唱をつとめあげることに何ら文句はありません(最初はめちゃくちゃ文句言いましたけど)。覚悟を決めました。


 本番はいつの間にか終わってしまったような記憶の残り方でした。うまくできたと思います、たぶん。やるべきことは全部やれたし、皆の合唱も他クラスにひけをとった印象はありません。そして結果はご覧の優勝です。うまく収まったものです。ディレクターの扇さんが審査員のひとりだったことにはこの際、目を伏せましょう。これでまた番組の放送枠のひとつが埋まったわけです。


 表彰が終わってトロフィーを持ち帰ると、ふだん隣の席に座っている女学生、秋月さんが祝してくれました。


「おめでとう、きっとマヤちゃんのお陰ね」


ええ、こちらこそ。青春をどうもありがとうございます。と返事しようとして、やめました。青春というものはこそ幸せと同じで、それを口にしてしまったら逃げてしまう代物なのかもしれません。

 そのうちクラスのそこかしこから秋月さんと同じおきもちが表明されました。祝賀ムードで胴上げされそうな雰囲気でした。望めばやってくれたでしょう、たぶん。このお祭り騒ぎにやや寂しいのは、スマイリーMのみなさんが予定かぶりで参列していないことです。いちおう、このあと即行で連絡メッセージを贈っておくことにします。わたしたち、優勝しましたよ――


――ということもありました。そして、時計の針は進んで――



――同じ日の夜中でした。さすがにレッスンもなく、頑張った自分へのご褒美とばかりに部屋でモニタを眺めていると、いえ、その前に母とマヨがわたしのことを誉めてくれたこと(トロフィーを持ち帰りましたから)について触れておきましょう。マヨにトロフィーをくれてやり、母からは好物のメニューを用意されたわたしはドヤ顔でした。その顔が、一瞬にして凍りついたのです。モニタに映ったあるニュースによって。


「――――え……?」




ミシック m1s1c71828182845904523536


ロイ隊長、お前と闘いたかった…… #追悼


11月29日 PM9:21


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タナシン tanasin1442431442431442343


出回っている情報の通り、ロイが路上の喧嘩で逮捕されました。SpyCとの関連は無い模様ですが、しばらく戻って来られないと思います。よって権限移譲でこれよりタナシンが総帥となります。

新たな命令は「何もするな」です。現在SpyCの名のもとに行っている作戦をすべて停止してください。

警察のSpyCへの追及については事件と無関係なのでセーフと考えられるが念の為、信頼できる続報をチェックすること。


11月29日 PM9:18


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 わたしの思考回路も凍りつきました。ああ、でも多分、こんなことで驚くなんて意味がわからないはずです。だってロイ隊長がこうなることは、はじめたときから半ば決まりきった運命だったのですから。



(つづく)

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