第19話 マヤの過去編③



「そうですね、打ち明けるとして、まずどこから話しましょう……」


 マヤの部屋に4人押しかけるのは窮屈だった。ご覧の通り、狭い陣地を取り合うようなかたちになる。それでもけだしくはこの部屋の内でしか、マヤから立ち入った会話はなしは聞けなかっただろうという暗黙の合意があった。だから誰も言い出さず、ベッドの上や床に分かれてスマイリーMたちはじっと聴いた。


「でも、これから喋る内容はきっとアカリさんくらいにしか理解できないと思いますよ」


マヤは突拍子もなく言い出した。


「えっ、あたし?」


名指されたアカリはきょとんとする。


「そんなことないよ!」

「わかるわよ!」

「ナナにまっかせなさーい!」


ほかの3人は熱烈にアピールするが、アカリが指を立て(人差し指)て静まるように促した。それで静かで話しやすい雰囲気を醸成する。マヤは告白した。


「実はネカマやってるんですよね、わたくし」


「え? おかしくない? だって……」


アカリは口を挟みかけ、マヤを中断してしまうことを気兼ねしてかつぐんだ。


「えーなになに?」


さっぱりのナナは首をかしげる。キリエもアイコもわからなかったので、アカリは仕方なしに補足に入った。「ネカマっていうのは、ネットで女の子の振りをしてゲームのレアアイテムなんかを貰うこと。でもマヤちゃんは女の子だから、おかしいなって」


「アカリさん、女性のわたくしがネカマをすれば、100%成功するじゃないですか。これってちょっとした盲点と思いません? コロンブスの卵っていうか」


「??」


「アカリさんは”出会い厨”って言葉知ってますよね。インターネットを通じて女性とオフで出会おうとする男性のことです。掲示板やSNSで、ネットゲームでもそうですね。

 大抵は嫌われているというか、煙たがられます。リアルでの出会いなんて求めていないネットの場に、女を求めて強引に押し入ってくるわけですから。モラルやマナーを考えればすごく迷惑な存在です。放置すると空気を読まないセクハラや、私生活についての執拗な質問、断ったあとのストーカー等の被害が繰り返されることもあります。

 それでもネットを介した男女の出会いがあって、互いの利害が一致するならそういう方たちのカップルを否定しません。けれど、なかにはSNSを媒介にして中高生との出会い行為をたくらむ成人男性もいるんですよ」


「あっ、そういう”ふしんしゃ”には気をつけなさいって、中学のとき講習で言われた!」


ナナは学習した記憶からうなずいた。


「こういう目的はそもそもが犯罪的です。いい年をした大人が未成年との性的行為を狙っているわけで、免罪できる余地がありません。完全な有罪ギルティです。

 ”出会い厨”に対して、大人のコミュニティなら自治もできます。でも子供のコミュニティにだってそんな危険人物は容赦なく近づいてくるんですよ、残念なことに」


言い終えて、マヤは少し躊躇ってから


「……わたくしの親友に”しぃちゃん”という子がいました。この子の身にもそういう出来事トラブルが起こって、もう会えなくなってしまったんです。わたくしが中学生になりたての話しです。

 べつに同情しないでください。同情するならしぃちゃんにしてあげてくださいね、みなさんがとてもお優しいことはわかっていますから。

 とにかくです。ネットで中高生に言い寄ってくる犯罪的な不審者に、わたくしはアルティメット嫌悪感を募らせているといっても過言ではありません」


スマイリーMたちはきいて深刻な面持ちになった。


「許せない、そんなの……!」


ナナはベッドのシーツをしたたかに掴んだ。するとシーツはめちゃくちゃになった。マヤは構わずに滔々と続けた。


「さて、出会い厨にもいわゆる天敵がいます。ネットの女性は全員が女性ではないんです。というか、ネットでは誰でも女性になれますからね。みせかけの女性、”ネカマ”に当たった彼らはすごく嫌な気分になるはずです。だって女性と仲良くなろうとしているのにネカマの中身は男なんですから。「うげっ」って思うはずですよね」


マヤは身振りを交えたあとで、少しユーモアに浸った表情を見せた。


「……ネット上のとある辺境コミュニティで、はた迷惑な出会い厨の目論見を台無しにしてやろうって”オペレーション”が始まりました。

 ネットって、団結すれば汚れた海岸のゴミを一瞬で綺麗にできるくらい力があるんですよ。この場合、さながらSNSのクリーン作戦ですね。あ、別に通報とかではありません。わざわざ見つけて違反報告するのも相当物好きしかしないとは思いますけど、彼らはもっと物好きでした。わざとネカマをして、男性からの誘いに乗ったフリをして、誰もいない待ち合わせ場所へわざわざ行かせたり、意味のない命令をきかせたりするんです」


「ふむふむ」


アカリは興味深そうに相槌を打った。


「まあイタズラですね。相手はJCとホテルに行けるって期待したのに、実際には誰もいない集合場所で待たされるだけで、ひどいときはそこへ警察を呼ばれたりもするんですからね。けっこう懲りると思いません?」


「手が混んでるっていうか、ひねくれてるね……」


アカリが感想を述べた。うなずいてマヤは続けた。


「別に難しいことではないみたいです。出会い厨は基本性欲に身を任せているだけで、その多くは頭も悪いので。簡単に騙されてネカマにも尻尾をふります。

 何度も釣られて痛い目にあえば流石に反省して大人しくなりますし、そもそも出会いにツイッター等のSNSを使うのはやめようと発想すれば、目に付く数も減りますよね。そうやって「若者わこうどの遊び場から変質者を追い出そう!」みたいな慈善集団ができたんですよ。江戸川乱歩の『怪人二十面相』シリーズってご存じですか? あれにちょうど”少年探偵団”って出てくるんですけど、それですね。

 名称なまえはずっとSpyC、エスピーワイシーで、スパイシーっていいます。ちょっと対照的でしょう? スマイリーと」


マヤは熱っぽく説明した。キリエやアイコはここまでなんとか話についていけたようだったが、ネットスキルのあるアカリのほうが当然理解は先に進んでいる。


「お金もらえないのにやるんだね……」


「よくあることです。さて、続きです。SpyCのイタズラはとびきり辛辣でした。例を出すと、出会い厨たちを偽の集合場所に呼んで待ちぼうけさせることに加えて、証拠をあつめてサイト運営者に通報したり、個人情報つきで注意のビラをつくったり、二度とやらないと本人に誓約させたりしました。

 でも迷惑を受けるのは変態犯罪者の予備軍か、もしくは既に手を染めた犯罪者だけです。JCやJKとあわよくば付き合おうって考えてたひとたちです。警察に被害を訴えられるはずもなく、泣き寝入りするのでおおごとになりません。

 で、ツイッターでそんな活動ばかり続けていたら、そのうち彼らはちょっとだけ有名になりました。ある日ベンチャー企業の社長だったかが、あまりにのびのびと活動するSpyCにリーダーを名指しして苦言を呈しました。『意味のないイタズラ行動を繰り返すだけの幼稚な集団』とツイートして、そして解散を促しました。そのあとどうなったと思いますか?」


「いわれたとおりSpyCは解散しちゃった」


ナナがいちばんに回答したが、マヤは鼻で笑った。


「いいえ、ちがいます。SpyCはそのベンチャー社長のアカウントを乗っ取ったんです」


「なんで!? それよりどうやって!?」


「SpyCの幹部にハッカーみたいなことができるメンバーがいるんです。そのひとは未成年でまだいろいろと勉強中らしいんですけど、アプリ連携でアカウントを乗っ取るみたいなのは簡単らしいです。

 それで、そのベンチャー社長のアカウントをハックしてみたら、未成年狙いではないものの、セクハラDMの送信履歴がわんさか出てきて、仕事相手だった取引先の女性にいかがわしい質問をしていたりとか、まあようするに出会い厨のお仲間だったわけです。そういう事件もありました」


マヤは回顧した。


「あの結局、マヤちゃんとそのSpyCって組織はどういう関係なの?」


アイコが確信に迫る質問をした。



(つづく)

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